国は戦争被害者が死ぬのを待っている?戦後補償問題の「厳しい現実」

この悲劇を繰り返さないために…
栗原 俊雄 プロフィール

本当に戦後の対応ができたか

今年6月4日。国会内で空襲議連の集会が開かれた。通常国会が最終盤を迎え、またもや救済法の提出ができないことが確実になった状況だった。

河村会長は最初のあいさつで「いろんな議論がなされ、法案も集約されています。最終的にこれをどのような形で詰めていくかを、もう一度みなさんのご意見をお聞きしながら方向付けをしたいと思います。(筆者注。広島、長崎の)原爆に対して国は、それなりの対応をしてきた。しかし同じように空襲被害者を受けた方がおられる。この現実を我々知らないふりをして、『本当に戦後の対応ができたか』と言われれば否定する者はいないでしょう。50万円が適当なのかという議論もありましたが、国として慰藉(いしゃ)の気持ちをどう表すか、ということで集約されてきました。どこかで区切りをつけて対応しなければならない」

 

原爆も、特殊とはいえ空襲だ。被害の程度や規模が違うとは言え、空襲は原爆以外にもあった。しかし被爆者が受けているような国の対応はなされていない。それは適切ではない。河村会長はそういう認識を示したのだ。かねてからの持論でもある。

この総会では大阪大空襲国賠訴訟の原告団代表、安野輝子さん(80)も発言した。1945年7月16日、鹿児島県川内市(現薩摩川内市)の空襲で左足の膝から下を失った。6歳になったばかりだった。

安野さんは「私たちはもう生きる日が少ない。早くしてほしい。それから大阪では法案の骨子に決して全面的に賛成ではないんです」とした上で、訴えを読み上げた。

「国は空襲被害者が死に絶えるのを待っていないで、命ある間に苦しみに見合った謝罪と補償を行うべき。苦しみを背負わせたまま何事もなかったように終わらせるのは、あまりにも非情だ。おろかな戦争に巻き込まれて苦しみの人生を強いられて昨年も仲間が逝ってしまいました。再びそういう人たちを生まないためにもよろしくお願いします」

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