国は戦争被害者が死ぬのを待っている?戦後補償問題の「厳しい現実」

この悲劇を繰り返さないために…
栗原 俊雄 プロフィール

「戦争被害受忍論」という高く厚い壁

そうした小出しの措置からもれているのが、民間人空襲被害者たちだ。2007年、東京大空襲の被害者ら131人が、国に賠償を求めて東京地裁に提訴した。河合さんも参加した。しかし東京地裁、東京高裁とも敗れ、最高裁で敗訴が確定した。

2008年には大阪大空襲などの被害者23人が大阪地裁で同じく国賠訴訟を始めたが、こちらも1、2審で敗訴し2014年に最高裁で確定した。

高く厚い壁になったのが、「戦争被害受忍論」(受忍論)である。要するに「戦争では国民全体がひどい目に遭った。だからみんなが我慢しなければならない」という理屈だ。

戦後補償問題を巡って最高裁が受忍論を打ち出したのは1968年。海外での財産を戦争によって失った国民が、国に補償を求めて闘った裁判だ。この理屈がまかり通れば、国は戦争にともなう被害には何ら補償をしなくてすむ。前述のように元軍人らには救済をしているのだから、正確に言えば「戦争被害『民間人だけ』受忍論」である。

この冗談のような法理は、同じ戦争被害者を補償される元軍人・軍属らと無補償である民間人戦争被害者とに分断する魔刀であり、その切れ味は格別であった。

 

たとえば1987年、名古屋大空襲の被害者による国賠訴訟でも適用されたのだ。68年の判決は、対象が財産という無生物であった。87年判決はそれを身体生命にまで拡大した点で、日本の法制史上における真っ黒の画期であった。

戦後補償訴訟の判決では、多くの場合裁判所が原告の被害を認める。つまり、河合さんたち東京大空襲の被害者がいかにひどい目に遭ったかは認定する。一方で、被害者を救済する法律を作るかどうかは国会の裁量による、とする。

つまり法律を作るか作らないかは国会が決めること、という判断だ。重要な国策について当否の判断を迫られた司法がしばしば使う「立法裁量論」である。筆者は立法という権限への逃避、とみる。

ともあれ、多くの判決が原告の戦争被害を認定した上で、「戦後補償問題は立法によって解決すべき」、という考えを示してきた。

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