ドラッグ、マルチ商法を経験した異形の作家が〈地面師〉を描くまで

『地面師たち』著者・新庄耕インタビュー
新庄 耕 プロフィール

高校卒業を間近に控えたときに、クラブ遊びでどんどん身を持ち崩す先輩方を目にし、このままじゃ駄目だと思ってそこから足を洗い、ドラッグも絶ち、偏差値30から一念発起して勉強をはじめたんです。毎日12時間くらい机にかじりついて。そうして二十歳の時に、慶應義塾大学SFCになんとか合格できました。

慶應義塾大学・湘南藤沢キャンパス

ただ慶應SFCには、起業家、天才プログラマー、トリリンガルの帰国子女、歌手、オリンピック選手、Jリーガー、江戸時代からつづく名家の御曹司、流行りのファッションに身をつつんだ容姿端麗な内部進学生、フェラーリで通学する金持ちなど、いわゆる「もてる」人たちがたくさんいて、そういう学友を前に自分のアイデンティティを見失い、苦しんだ時期もありました。

大学の保健室でデパス(精神安定剤)を処方してもらったこともあります。そう言えば一期上には古市憲寿さんや鈴木涼美さんといった、のちに文筆の世界で活躍する人もいましたね。

苦しみながらも、就職活動が始まると、リクルートにインターンに行くことができました。そのインターンはグループに別れてリクルートの「新規事業」を企画してみるというもので、私のいた班は、地図APIを用いた出会い系のマッチングサイトを提案しました。今ではアプリとして当たり前にあるものですが、2007年当時は黎明期だったこともあり、わりにうけて。そのプレゼンを評価していただき、拾ってもらって、新卒でリクルートに就職しました。

 

「本気でやらない奴はいらない」

リクルートでは、就職サイトの「リクナビ」の法人営業をし、企業の採用活動を支援しました。数字の積み上げに興味がもてず、営業成績はいまひとつでしたが、同期や先輩、上司にはめぐまれました。でもその時の女性の上司にある時、言われたんです。「本気でやらない奴はいらない」って。

たぶん見抜かれていたんですよね、それらしく仕事をしているけれど、本気でやっていないことが。もちろん、面とむかって会社を辞めろとは彼女は一言も口にはしませんでした。でも、彼女の「本気」を常につきつけられている気がして、このままここにいてはだめだなって思ったんです。最後は、つまらない嘘をついて、逃げるように会社を去りました。