復活してからの第一声は「おはよう」!?ゆるーく登場

ラザロをはじめ、何人もの人を生き返らせたイエス様ですが「でっちあげ裁判」で十字架刑を言い渡され、それで死んでしまいました。「あぁ、死んじゃった。この人は救世主じゃなかったんだ」と、弟子たちも民衆もがっかりしました。「救世主とか言って 俺たちを騙しやがって!」と怒る人もいました。

しかし、十字架から3日目、弟子だった女性たちがお墓参りに行くと、お墓のフタが 開いていて中は空っぽになっていました。「墓泥棒だ!」と思いきや、そこに天使がやってきて言いました。「イエス様はよみがえったんだよ」。彼女たちは「え―っ!」と思いましたが、そこにイエス様が「おはよう」と現れました。そして言いました。「みんなでガリラヤに来て。そこで会おう」

信じられないようなことをやっておきながら、あくまでゆるーく登場するイエス様。(イラスト/伊藤ハムスター)

それで弟子たちはみんなでガリラヤに行きました。そして本当にそこでイエス様に会 いました。それから40日、弟子たちと一緒に過ごしました。そこで行われたのは「怒濤の40日! 最後の春期講習!」みたいなものだったかもしれません。とにかくそこでイエス様は弟子たちにたくさんのことを教え、「これを他のみんなにも、なるたけ多く伝えてね!」と言い残して、天に昇っていきました。

旧約新約を通して「聖書の一番大切なシーンはどこですか?」と聞かれたら「復活!」と答えるのが正しいです 。いや「正しいです」と断言 してしまうと、クリスチャンの中にも「それは違う!」という人もいるかもしれませんが、少なくとも僕はそう思います。「復活」がなければ聖書は単なる「自己啓発本」に過ぎないとさえ思います。そこに書かれているのは単なる「思想」であって「福音」ではなくなってしまうからです。キリスト教が今日のような「世界宗教」になった理由はこの「復活」にこそあるんです。

金太郎飴のように「どこを切っても楽しい聖書エピソードが出てくる」1冊『上馬キリスト教会ツイッター部の世界一ゆるい聖書教室』MARO/LEON著(講談社)