共通テスト「国語の記述式」が実施された時に起きる、ヤバすぎる事態

SNSは地獄と化す
伊藤 氏貴 プロフィール

さらなる混迷

さてしかし、2段階選抜には使わない、というだけでは非常に中途半端で、受験生としてはかえって戸惑うことになるだろう。

足切りのときには使わないが、最終的な合否に際しては判断材料に含めるというのならば、受験生はどの程度記述式問題に重きを置いていいのかわからなくなってしまう。足切りに使わないなら、記述式問題はほどほどにして、他の問題を重点的にやった方がよいのか。

 

大学に寄って合否判定における「共通テスト」と二次試験の比重が違うということも絡んでくる。あるいは、記述式問題とその他の問題の配点の比重を変えてくる大学も出てくるかもしれない。

また、私大では、記述式問題に関しては合否判定に含めないと決めているところもある。

受験校が数校あるならば、その配分がまちまちになり、非常に複雑な計算が必要になる。いっそのこと足切りだけに使ってくれた方がよかったのではないか。いっそのこと記述式問題は捨てて、100分の制限時間すべてを他の四題に費やした方が得なのではないか。そう考える受験生が多ければ、このテストは端的に言って失敗である。これが二つめの危険だ。

そもそも記述式問題を導入するにあたっては、PISAの読解力試験で、日本の子どもたちの多くが記述式問題に対して白紙答案だったことがきっかけになっていたことからすれば、これは皮肉な結果となるだろう。

国公立の2段階選抜で使わず、私大でも合否判定に使わないところがあるならば、もはや記述式問題にどれほどの重要性があるだろうか。

二次試験と併せてしか用いないのであれば、記述式問題を一次で課す必要は見当たらない。思考力や表現力を問うならば、二次試験の記述式問題があるからだ。思考力がマーク式では問えない、という検証はなされていないし、「共通テスト」では上述のようにとても表現力は問えない。正直、自分が受験生だったならば、あんなに条件でガチガチに固められた記述式問題はボイコットしたいと思うだろう。

SNSによる解答の晒しあいと、記述式問題のボイコット。たんなる私一人の杞憂に終わるのだろうか。高校生諸君の反応を待ちたい。