視させること。魅了すること。それが、新たな自己表現となったのだ。もう、相手の思うままにはならない。男性の思うままにはならない。視られる身体から視かえす身体の持ち主になる。そんな決意すら感じられる自己表現ヌードは、未婚女性だけにとどまらなかった。2000年以降は、妊娠した女性が今しか撮れない身体を残す妊婦ヌードや、既婚の40代女性が新しい自分になるためにチャレンジする美魔女ヌードなど自己表現としてのヌードが多様化し、一般化していく。

ジェンダーレスのひとつの到達点

そして2010年代に入ると、女性たちは鍛えあげた筋肉ボディをSNSで発信するようになった。そうした「筋肉女子」たちの腹筋が割れた見事な身体は、従来の男性的な「視る」視線をはねつける「強さ」を持っている。

視る者を惹き付けるだけでなく、自らが撮った写真や動画で視る者を圧倒していく。女性たちは筋肉女子という身体を手に入れ、その身体をSNSで発信することによって、ようやく「視られる身体」としての女性像から脱却したのではないだろうか。

世の中が筋肉女子を受け入れる機も熟していた。東日本大震災震を契機とした価値観の変化、それに伴うヘルシーでサステナブルな美への志向、従来の男らしさ、女らしさにとらわれないジェンダーレス志向、アスレジャーに代表される運動することへの関心の高まりなどが相まって、筋肉女子という存在が生み出されたのはないだろうか。

そういう意味では、ブラトップを身に付けた筋肉女子は、現代の人々が求める健康志向、ジェンダーレス志向のひとつの到達点なのかもしれない。