「失敗させる」とは親が手を出さないこと

だからこそ、小さいころから、仮面ではなく、本当の主体性を身につけることが肝要です。

子育てに関する講演会でそんな話をした後に、司会者が「質問をどうぞ」と言ったら、ひとりの男性がこう言ってきた。

「島沢さんは、失敗させることが重要だとおっしゃっていましたが、人生失敗ばかりしていても困るんで。成功に導く方法を教えてください

男性の横で妻らしき女性がうなずいていた。まるで「お父さんの言うことは正しい」と言わんとするように。

面白いもので、意見をいわなくてもちょっとした態度や醸し出す空気で、演者はそれぞれのオピニオンを感じとることができる。
100人以上いた会場は、見事真っ二つに割れていた。

「あちゃー。いま、それは失敗させることですよって散々説明されたじゃん」
「そうそう。失敗し続けたら、どうするんだよ」

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「子どものため」の危うさ

以前、臨床心理の先生がこんな話をしていた。

「自己愛性パーソナリティー障害の親は、子どもの失敗をなかなか許せないんだよね。子どものためと口ではいっておきながら、子どもの存在を自分のストレスの発散のはけ口にしたり、意思を尊重せず自分の思い通りにコントロールしてしまう。これらはすべて親自身のためで、子どものためじゃないんだよね」

もちろん、失敗を許せない親がみんな自己愛性だとは思わない。
ただ、ひとつ言えるのは、子どものスポーツは親をも成長させる、ということだ。レギュラーになる、ならない、試合に勝つ、負ける。親は子どものネガティブと向き合わなくてはいけない

さらにいえば、親は常に試される。さまざまなことがシビアに評価される中でも、スポーツの楽しさや面白さ、そこで養われる自立や考える力、磨かれる感性の価値を見出せるかどうか。そんなハードルを用意される。

Yさんとはその後、何度か電話で相談を受けた。夫にフォードバックをするなど努力をしていたが、最後には夫との別居を視野に入れると話していた。

「ひとりになって、子育てを振り返ってほしい。息子や娘にとった態度と、彼らの気持ちを考えてもらうためです」

「失敗させろ:ということは、「むりやり失敗に導け」ということではない。親が導くのではなく、子どもが主体的に動くのを支えて見守ろう、という意味だ。人間だれもが何かしら失敗をする。そこから学んでいくので、親がコントロールしてはならないという意味だ Photo by iSotck
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