12月13日 トキの龍龍(ロンロン)が死亡(1994年)

科学 今日はこんな日

地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

この日、繁殖のために中国から贈られたトキの龍龍(ロンロン)が佐渡トキ保護センターで死亡しました。

トキはニッポニア・ニッポン(Nipponia nippon)という学名をもち、翼長は40センチメートルほどで、羽は白く、風切り羽の一部が淡紅色(とき色)を帯びるのが特徴です。かつては東アジアに広く分布していましたが、ロシアや朝鮮半島では絶滅したと見られ、現在は日本での放鳥による個体以外では、中国の一部にごく少数が残るのみです。

【写真】トキ
  トキ photo by Ministry of the Environment Government of Japan

かつては日本でも全国に分布していましたが、佐渡島と能登半島に残された数羽も絶滅に瀕し、最後に1981年に佐渡島で捕獲された2羽が佐渡トキ保護センターで保護されました。その後、中国と日本で中国産トキとの繁殖が試みられることになりました。

 

DNAレベルでの調査・研究が進んで、同じ種の生物でも、分布地域によって亜種となるような違いがあることがわかってきました。トキでも、日本の個体群と中国の個体群ではかなり遺伝的な隔たりがあるのではないかと心配になりますが、分析では中国トキと日本トキのミトコンドリアDNAの解析で、塩基配列の違いは0.065%しかなく、個体差レベルにとどまる、ということです。

これは、日本のトキのうち、一部は"渡り"をしていた可能性が高いこと、またまれに大陸や朝鮮半島などとの行き来があった(漂鳥)可能性があり、遺伝的交流があったためと推察されています。

さて、ロンロンも繁殖のために中国から贈られた雄のトキの1羽で、雌の「鳳鳳(フォンフォン)」とともに1994年の4月に日本にやってきました。この時点で生存していた日本トキは、すでに高齢となっていた雄のミドリと雌のキンの2羽だけになっていました。ロンロンとフォンフォンの来日は、中国トキどうしのペアリングのためでした。

しかも、日本にやったきたその年である1994年の今日、ロンロンが急死したため、中国トキによる繁殖は中止となり、フォンフォンは中国に返還されました。日本トキにいおいても、翌1995年の4月にミドリが死亡。国内のトキは、キンだけとなり、繁殖そのものが不可能になりました。人工ふ化が成功するのは、さらにのちの1999年です。

関連の日:5月21日 国際保護鳥トキの国内人工孵化に初成功(1999年)

そして2003年、1968年に捕獲されて飼育下で生きてきたキンも高齢により死亡しました。すでに繁殖能力はありませんでしたが、日本産のトキは彼女を最後に絶滅してしまいました。私たちはこの目でひとつの種が絶えてしまう現実を目の当たりにしてしまったのです。