井上尚弥はなぜ「僕は天才ではない」と言い切るのか?
秀才が努力しているだけ王者の思考に迫った著書『勝ちスイッチ』から、その一部を紹介する短期連載。第1回は、井上はなぜ自分を天才ではないと言い切るのか?
僕は天才ではない
僕は天才ではない。
2018年にバンタム級に転向して以来、5月に10年間無敗だったWBA世界バンタム級王者、ジェイミー・マクドネル(英国)を112秒で葬り、10月にはボクシング界の天下一武道会ともいえるWBSSの1回戦で、元WBA世界同級スーパー王者のファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)に、70秒でテンカウントを聞かせ、今年5月の英国グラスゴーに乗り込んだ準決勝では、IBF世界同級王者のエマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)を、259秒でキャンバスに転がした。
この3試合のインパクトだけを見て、今の僕を天才だという人もいる。
もし7年前のプロデビュー時に、今のボクシングができていたとすれば、天才の称号をありがたくお受けして否定はしない。しかし、現実は、そうではなかった。

6歳で、町田協栄ジムに通っていた父・真吾の姿に憧れてボクシングを始めた僕は、小学生の頃からスパーリング大会で上級生に勝ち、第1回U-15大会で優勝。高校では7冠を獲得して、当時、日本王者の八重樫東さんら、プロのトップボクサーともスパーリングをしてきた。
いわゆる飛び級で結果を出してきたから「天才少年」とメディアに取り上げてもらうことも少なくなかった。謙遜ではなく、人よりも先に、しかも、かなり本格的な練習量に裏付けされたボクシングを始めていたというアドバンテージがあったに過ぎない。
大橋ジムにいた吉田“ARMY”真というボクサーが、昔の僕とのスパーリング風景をユーチューブにアップしていた。自分でも赤面ものの未熟な井上尚弥がそこにいた。ひとつひとつのパンチには、スピードはあって、全体的にまとまっているが、体のさばき、ステップワーク、相手のパンチに対する反応などには、突き抜けたセンスを感じさせるものはなかった。