実録「好き」をこじらせた男の「ややこしさ」の正体

the pillows30周年ライブで思った
高木 敦史 プロフィール

余談ですがそのとき歌った「TRIP DANCER」という曲は最後にタイトルを叫ぶのですがなぜかカラオケの画面には「DREAM DANCING」と間違った歌詞が表示され、つられて「どりーむだんしーんぐ!」と叫んでしまったことは私の人生の汚点です。あれ、今はもう直っているのかな……。

さておき、人は日常的なコミュニケーションにおいて他者を鏡として自分の内面を反射させ、その繰り返しを通して自己認識を育んでいくものです。

ところが自分はピロウズに関しては、ちらっと鏡をのぞき見て何かちょっとでも光ったらすぐ引っ込む、みたいな反射活動をしていたものですから、結果「この『好き』は自分しか理解し得ない特別な『好き』なのだ」と更なる錯覚を重ねていきました。

 

ピロウズが特別な理由

ピロウズの楽曲は、その音楽性は勿論ですが、歌詞で描かれる人物たちもまた魅力的です。

自分を分かってくれない連中に文句を言ったり外部との軋轢に不自由だったりもするけれど、その解決策はいつも、自分と外部を切断して閉じこもる方向に向かいます。その上で乗り越えるべき苦難や打ち克つべきライバルとして提示されるのはいつも「自分」なのです。

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自分以外の存在に不満や怒りはあるけれど、決して「VS.誰か」や「VS.世界」にはならず、少し前の自分を越えたいとか、目指す理想の自分に追いつきたいとか、いつだって「問題は自分自身である」という帰結に至ります。そして、理想の先に思い描いているのは、かつて切断した外部との再接続、言い換えれば共感――普遍性の獲得――そんな風に思うのです。

ピロウズは若手のミュージシャンや漫画家などにファンが多いと聞きますが、一人で黙々と何かを作り、自分が思い描く理想の傑作を、自分がそれを見たいから作り求める――そういう人たちにとっては、彼らの歌詞はまさに自分の中に散らかっている感情をストレートな言葉に替えてくれるのでしょう。

自分を見ても、小説を書く、或いは物語を作ろうと思い至ったのは突き詰めれば自分が満足するものを自分で作ってしまおうというのが出発点です。

というわけで、自分がピロウズに惹かれたのは自然なことで、今もなお極めて個人的な事情から彼らを応援しているわけです。