12月11日 南極観測用砕氷船「しらせ(初代)」進水(1981年)

科学 今日はこんな日

地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1981年のこの日、国立極地研究所を所管する文部省(現・文部科学省)の所有する「しらせ(初代)」の進水式が、日本鋼管鶴見製作所(現・JFEエンジニアリング 鶴見製作所)において開催されました。

「しらせ」は「宗谷」(1957~1962)、「ふじ」(1965~1983)につぐ、3代目の南極観測船です。所有は文部省で、建造予算なども同省から拠出されましたが、設計、建造にかかわる契約、実際の運用は防衛庁(現・防衛省)が担当し、横須賀地方隊所属の自衛艦となっていました。

【写真】しらせの模型
  防衛庁(現・防衛省)で公開されたしらせの模型 photo by Kodansha Photo Archive

 関連の日:11月 8日 初代南極観測船「宗谷」が東京出航(1956年)

排水量は1万1600トン、長さ134メートル、幅28メートル、最大速力は19ノット(約時速35キロメートル)。物資輸送用の大型ヘリコプター2機と、氷の状態を偵察するための小型のヘリコプター1機を搭載し(後に小型1機のみに)、船を動かす乗員170名にくわえて観測隊員など60名が乗船できます。海賊対策用に自動小銃も備えられていました。

駆動は、ディーゼル・エレクトリック式で、ディーゼルエンジン6基で駆動した発電機を直流に整流し、6基の主電動機(モーター)を回し、3万馬力を得ています。

船名の「しらせ」は、日本初の南極探検隊隊長の白瀬矗(しらせ・のぶ、陸軍での最終階級は中尉)にちなんだものですが、命名の規則が「名所旧跡のうち主として山又は氷河の名」となっているため、「白瀬矗に由来する 昭和基地近くの『白瀬氷河』」にちなんでの命名という、実際はややこしい命名経緯になっています。

【写真】白瀬中尉と南極探検隊の様子
  白瀬矗中尉と1910-1911年の南極探検隊の様子 photo by gettyimages

なお、この初代「しらせ」は2008年に引退し、現在は後継艦の2代目「しらせ」が運用されています。

 関連の日:5月20日 南極観測船「しらせ(2代目)」竣工(2009年)

また、引退後は解体の予定でしたが、鉄鋼価格の下落などで解体が延期されている間に、気象情報会社ウェザーニューズが中心となったSHIRASEプロジェクトが起こり、保存にむけた運動が起こりました。現在も船橋港に係留され、「チャレンジングSHIRASE」と題したイベント時に見学が可能だということです。

  海上自衛隊隊横須賀分隊(横須賀港)で引き渡しを控えたしらせ photo by JMSDF YOKOSUKA DISTRICT