12月 6日 東京地裁がソフトウェア著作権を認める(1982年)

科学 今日はこんな日

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テレビゲームプログラム著作権訴訟で、東京地裁がこの日初めて、「コンピュータ・プログラムは著作物であり、制作者に著作権がある」ことを明確にしました。

この訴訟は、ゲーム・アミューズメント会社のタイトーが、当時流行していたスペースインベーダー・シリーズの「スペースインベーダー パートII」をめぐるものでした。別のゲーム機からソフトを交換して販売していたとして、タイトーがコピー機の販売会社を訴えたのです。

 

その結果、「本件機械のコンピユーター・システムの記憶装置(ROM)には、本件プログラムが記号語を機械語に変換した上電気信号の形で収納されて」いるため、タイトーの「プログラムは著作物」であるという主張が認められたのでした。

当時の著作権法では、コンピュータのソフトウェアを保護する条文がまだなく、判決は注目されました。判決を受けて、関係省庁はソフトウェアの著作権とその保護について検討を重ねましたが、当時の通産省が主張した「プログラム権」という新しい権利をつくる案と、文化庁や文部省が主張した従来の著作権の対象を拡張する案とで、意見が二分されました。

やがて、前者の案に対しては保護期間が短いことなどを理由に国内外から反対意見が出たため、1985年に「デジタル化時代に対応し、従来の著作権法を一部改正する」ことで文化庁と通産省が合意、改正が実施されました。さらに、1986年にも同法の一部が改正され、新たにデータベースが著作物として保護されることになりました。

【写真】Taitoの最大のヒット作はゲームの代名詞ゲームの代名詞にまでなったインベーダ・ゲームは、ソフトウェア著作権のはじまりでもあった photo by iStock