解放された世代だと思っていたけど

わたしは自分の男女観について、「ずいぶん解放された世代」だと思っている。

受験もキャリア教育も「男女平等」を前提に行われていたし、共働きしなきゃ生活ができないから、女だって働くことが前提。その一方で、「男も家事・育児をすべき」だと思っている。そんな世代だ。

-AD-

母親と一緒に再放送中の『渡る世間は鬼ばかり』を見ていると、「わたしたち世代の男女観は進んでいる」と、より強く実感する。『わた鬼』の男たちは妻に対し、「亭主の飯の支度をしないなんて!」「洗濯くらいしろよ女房だろう」「お前の育て方が悪いんだぞ」というようなことを平気でのたまう。資格試験のために努力する母親(文子)をサポートしようとする息子(望)に対し、父親(亨)が「お前は男なんだぞ、ママの代わりに料理なんてするんじゃない」なんて感じで怒る始末。

「本間家の長男に嫁いだんだからそれくらい我慢しなさい」「農家の嫁になるってそういうことよ」「家のことができないなら仕事なんてするんじゃない」というようなセリフを聞くと、「どれだけ女の自由が制限されてるんだ……」と、もはや戸惑いすら感じる。

昔の幸楽では嫁いびりもすごかった…Photo by iSotck

ただ、少し前まではそれが「ふつう」だったのだ。違和感なくお茶の間に受け入れられ、人気を博すくらい、『わた鬼』は「リアル」だったのだろう。

そう思うと、「ジェネレーションギャップがあって当然だよなぁ」と納得すると同時に、「自分たちはそんな古い呪縛から解放されつつあるけどね」なんて思っていたわけだ。

わたし自身、上の世代の人に「旦那さんにちゃんとご飯つくってあげてるの?」なんて聞かれるけれど、正直、毎回イラっとする。うちは共働きだし、子どもじゃないんだから食べたいものがあれば夫は自分でつくればいい。なぜわたしがつくる前提なんだ。

「女なんだから料理できないとモテないぞ~」なんて言ってのけてしまう一部の男性に対しても、「女が料理をつくるべきだと思ってる男になんてモテたくないわ」と思っていた。

だからわたしは心のどこかで、「自分の価値観は新しく、現代に合った正しいものであり、古い価値観はいまの時代にそぐわない悪いもの」だと認識していたのだ。