ネットを支配する「シニシズム」「冷笑主義」という魔物の正体

ネットの論争が散々な結果に終わる理由
津田 正太郎 プロフィール

社会科学とシニシズム

陰謀論について述べるまえに、筆者が属するアカデミズムについても論じておきたい。実のところ、人びとの言動をシニカルなまなざしで眺めるというのは、社会科学ではわりとお馴染みの発想だからだ。

筆者の専門領域に近いところでいえば、「マスメディアの政治経済学」がそれにあたる。マスメディア自体の政治的、経済的な利害がその報道にいかなる影響を与えているのかを明らかにしようとするアプローチだ。

この立場を代表する著作であるノーム・チョムスキーらの『マニュファクチャリング・コンセント』によれば、吸収合併によって巨大化を続ける米国メディアは自己の利益に従って「ニュースをフィルター(濾過装置)にかけて活字にするのにふさわしいものだけを残し、反対意見を故意に小さく見せ、政府や大手民間企業のメッセージを一般民衆に浸透させ」ているのだという8

ノーム・チョムスキー〔PHOTO〕Gettyimages

日本のマスメディアについても同様の立場から分析する著作は数多く存在する。つまるところ、マスメディアが普段はいくら偉そうなことを言っていたとしても、所詮はカネのためにやっているにすぎないのであり、そこから生み出される報道を真に受けてはならないという教訓が導かれる。

個人的には、「マスメディアの政治経済学」から学ぶところはあるし、事例によっては適合することもあるとは思う。だが、政治家や財界があたかも一枚岩であるかのような前提には違和感を覚えるし、このアプローチを突き詰めた先にあるのは陰謀論しかないと考えている。

陰謀論とは、どこかに世の中をあまねくコントロールしている集団が存在しているという発想で、世論操作の手段としてマスメディアが活用されていると論じられることが多い。この発想に従うなら、マスメディアで働く人びとはみな、葛藤したり悩んだりすることもなく自己利益のために唯々諾々と情報操作に加担する存在ということにもなる。シニシズムと陰謀論とはけっこう親和的なのである9

とはいえ、人間は(定義はさておき)自己利益の実現を目指す存在だというのは社会科学ではオーソドックスな想定だし、それにケンカを売るつもりは毛頭ない。社会のありようを分析するためには、ある種のシニシズムは不可欠なのだ。

ところが問題は、この「分析」という部分にある。これがネット上での論争をややこしくしてしまうのだ。