「子どもを産む資格はないから子宮を取って欲しい」

かつては自分を責め、罰することしかできなかった恵美さん。
実は、中期中絶の時に「自分はもう子どもを産む資格はないから子宮を取って欲しい」とまで言って、医師を慌てさせていた。
空を見ては子どものところに行くことを真剣に考えていた時期もあった。

でも、その傷が癒えてくるにつれて、自分がすべきことが見えてきた。活動の中でいろいろな発見をして、中期中絶の人の心をもっと知ってほしいと思うようになったのだ。

「私も、自分が経験するまでは中絶というものは、望まない妊娠をした人がすることで、そんなに葛藤しないものだと思っていました。でも実際は、まったく違ったんです。感じ方は皆少しずつ違うかもしれないけれど、赤ちゃんへの愛おしさによって、その後、長く苦しむ人が一定数いることは確かなんです」

恵美さんには、いま目標がある。

私は、死んだら翼くんに会えると思っています。その時に『ママ頑張ったじゃん』って背中叩いてほしいんです。
今、私は翼くんに命の重みを教えてもらったように思っています。だから私は自分の寿命を精いっぱい生きて、翼くんに会ったら、がんばったね、って言ってもらいます」

2年間かけて、自分を取り戻し、ここまで建設的な心を持つことができるようになった恵美さん。

その背景には、共感し合い、認め合い、許し合う母親たちの輪があった。まだ地図に載っていない、出生前診断がなかった時代にはあり得なかった険しい道を共に歩いていく母たちの輪だ。

恵美さんの妊娠はあまりにも短くて、夢のように過ぎ去ってしまった。でも恵美さんの想いはこれからも続き、自らを、そして人を癒し続ける。

翼くんはきっと、空でそんなお母さんを誇らしく思っている Photo by iSotck