『宇崎ちゃん』ポスターは「女性のモノ化」だったのか?

「性的対象物」という問いを考える
江口 聡 プロフィール

一方、日本赤十字社はかなり以前から多種多様な人気アニメ・マンガとの「コラボ」によって、若者に対するキャンペーンをおこなっている。

『宇崎ちゃん』はその一連の企画のひとつであり、またポスターが掲示されたのは献血ルームなどに限られていたことを考慮すると、すでに人気のあった『宇崎ちゃん』とのコラボを選択することに特に問題があるようには思えない。主人公のルックスと性格を表した単行本表紙の絵柄を選択することにも、さほど問題があるわけではないだろう。

このように、「モノ化」を非難するべき理由まで分け入って考えれば、今回のポスターそのものが「性的なモノ化」にあたるという非難は、説得力があるとは言えない。

なぜ「不快」と非難されたのか

では、なぜ『宇崎ちゃん』のポスターはこれほどの非難を浴びたのだろうか? 問題のありかを知るには、ポスターに反発する人々の考え方や、そうした人々の置かれている状況を理解する努力も必要だろう。

第一に、実在する人物でない宇崎ちゃんをポスターに起用しても、直接に「人をモノとして扱う」ことにはならないとはいえ、彼女は、人目をひく女性キャラクターとしてアイキャッチに使われている。その意味で、宇崎ちゃんは献血参加を促す「道具」とされているとは言える。

 

宇崎ちゃんは架空の人物なので、彼女のポスターがその意思に「反している」とは言えないが、同時に彼女の「自発的な行動である」とも言えない。

芸能人やスポーツ選手をポスターに登場させる場合にはその意思が尊重されているわけだが、宇崎ちゃん自身の意思はそもそも存在しない。したがって、作家・ポスター制作者は宇崎ちゃん自身だけでなく、女性一般の性的なイメージを勝手にデフォルメし、アピールの手段として利用している、ということは指摘できる。

一部の人々が、女性芸能人のポスターには感じない不快さをマンガ・アニメの女性キャラクターの使用に感じるとすれば、その理由はこうしたことかもしれない。

第二に、女性の胸を強調した構図をポスターとして使うのは、女性の身体の一部にだけ注目するという形の性的モノ化ではないか、という声があるだろう。

このポスターの画像は、マンガ単行本最新刊の表紙イラストの流用であり、また「バストショット」は人物を描く際にごく一般的な構図である。しかし、女性的な身体の部分を強調したイラストは、女性を単なるモノとして見る性差別的な見方を反映しているから、そうしたポスターが公共性の高い団体の広報に使われるのは不適切だ、という意見はありえる。

この場合はむしろ、ポスターにあらわれるような発想(アイディア)や女性に対する観点が、公共性の高い団体のポスターにおいて表現されることで、女性一般をモノ化する発想を維持・拡大することに通じる可能性がある、ということが問題にされているのだろう。