皇位継承議論で避けては通れない「旧宮家の皇籍復帰問題」

男系派・女系派の隔たりを超えて
宇山 卓栄 プロフィール

男系子孫は何人いるのか

「旧宮家の人々など、いったいどこに存在するのか」、「そんな見たことも聞いたこともない人を取り沙汰すること自体がおかしい」という批判もあります。

2019年3月20日の参議院財政金融委員会で、国民民主党の大塚耕平議員は宮内庁に、「成子内親王と東久邇宮盛厚様の系譜に、男子が随分いらっしゃるということは認識として正しいでしょうか」と質問しています。

宮内庁野村善史審議官は「その子孫の方々については、具体的に承知しておりません」と答えています。

大塚議員は「それでは調べて一度回答してください。私の存じ上げている限りでも、内親王と東久邇宮様の系譜に、もう3代にわたって、男子が今もご健在であると、かなりの人数であると理解しております」と発言しています。

かつて、11宮家の一つであった東久邇家の東久邇稔彦(ひがしくになるひこ)王は明治天皇の内親王と結婚し、長男の東久邇盛厚(ひがしくにもりひろ)王は昭和天皇の長女の内親王と結婚し、東久邇信彦氏が誕生しました。信彦氏は2019年3月20日、逝去されました。

東久邇家の子孫は以上の点から、天皇家と非常に血の繋がりが濃いと言えます。そして、現在、東久邇信彦氏の兄弟やその御子様たちが複数いらっしゃいます。

 

因みに、明治天皇の皇女は東久邇宮の他、朝香宮、竹田宮、北白川宮の4宮家に嫁いでいます。若い男系子孫は東久邇家の他にも、久邇家、賀陽家、竹田家にもいらっしゃることがわかっています。

東久邇家は現在の皇族の母方の血統を引く女系です。批判としてよくあるのが、男系継承しか認めないという人が女系の血統を言うのはおかしいとするものです。都合のいいときだけ女系を持ち出すなと批判されます。旧宮家は男系では、崇光天皇の子孫です。崇光天皇は14世紀の天皇で、現在の天皇家の親戚として、血縁が遠過ぎるという批判もあります。

また、旧宮家だけでなく、江戸時代から戦前にかけて皇室離脱した方々の男系の末裔まで含めると、皇族以外の男系男子は100人を超えるとも見られています。天皇家の男系男子継承者は多数いるというのが現状です。宮内庁はこうした方々の存在を充分に調査把握するべきでしょう。

いずれにしても、皇室には、男系子孫が多数いるという事実があり、男系皇統が今すぐ途絶えるということはありません。