「イートイン脱税」は、なぜ私たちをこんなに「ムカつかせる」のか?

進化心理学が暴く「ムカつき」の論理
Ore Chang プロフィール

全世界で1200万部を突破する大ベストセラーとなった『サピエンス全史』のなかで、著者のユヴァル・ノア・ハラリも、進化心理学に関して以下のように言及していた。

“ 隆盛を極める進化心理学の分野では、私たちの現在の社会的特徴や心理的特徴の多くは、農耕以前のこの長い時代に形成されたと言われている。この分野の学者は、私たちの脳と心は今日でさえ狩猟採集生活に適していると主張する”(ユヴァル・ノア・ハラリ 『サピエンス全史』)*2

そう、進化心理学では、現代に生きるわれわれの「心」は、人類史の大半を占める狩猟採集社会において生じた「自然選択(淘汰)のプロセス」によって、あたかも機能的に “設計” された「進化の産物」であるというふうに考える

──この考え方に拠れば、われわれサピエンスが有する感情システムをはじめとする心的・認知的プロセスの多くは、種としての生息環境(=狩猟採集社会)に進化生物学的な意味で “適応” したものになっている。

 

感情にもすべて「機能」がある

ちょっと、説明を急ぎすぎただろうか。

進化論や生物学のフレームワークから、人間の “心理” (心のロジック)を捉える──という進化心理学の考え方は、近代以降の思考や直観とはまったく相反するものなので、受け入れがたいという読者も多いかもしれない。慣れない人のために、ゆっくりと説明していこう。

進化心理学では、心をシステム的に捉え、あらゆる知覚や感情には、進化によって備わった「ファンクション(=機能)」があると考える。

たとえば、腐った食べ物に嫌な臭いを感じず、身体が傷ついても痛みを感じず、砂糖を甘く感じないような個体は、進化上不利になり、やがて淘汰されてしまう。

Photo by iStock

砂糖分子そのものには、「甘い」などという性質はもともと含まれていない。自然淘汰の働きによって、遺伝子を生きのびさせるうえで有利な形質──ここでは、「糖分を美味しく感じさせる遺伝子(のセット)」──を保有する個体が生きのびた結果として、砂糖は「甘くなった」のである。

当然のことながら、「甘い」という味覚と、ATP(=細胞のエネルギー通貨)との結びつきをその生物自身が理解している必要はない。われわれサピエンスをふくめ、生物自身は進化上の “戦略性” や、進化上の “目的性” を自覚しない。あとで詳述するが、きっとそれは「イートイン脱税にムカつく」という心理についても同様だろう。

進化とは、自然選択が大自然の「ビッグデータ」を活用して、アルゴリズム的に実行する統計プロセスだ。結果的に有利な心の設計をもつ個体が次世代にその遺伝子を伝え、結果的に不利な心の設計をもっていた個体は、次世代に遺伝子を伝えていくことができない。