覚醒剤で破滅した「中卒政治家」元葉山町議の後悔と「再生への道」

「寝たら全て忘れる」恐怖に駆られ…
佐藤 光展 プロフィール

以後、神奈川県選出の複数の国会議員の秘書を務めた。激務をこなしながら結婚をして、やがて長男が生まれた。

地元秘書を務めた細川さんの役割は、なかなか地元へ帰れない議員に代わって、地域とのつながりを強化することだった。主要な町内会に頻繁に顔を出し、交流を深めた。もちろん「一票のため」だったが、町内会活動の重要性を知る機会にもなった。

「ゴミ出しや清掃、恒例行事など、地域のために無償で働く縁の下の力持ちがこんなにいることを、私は知りませんでした。しかし、役員はどの地域でも高齢化していて、地域の絆は遠からず消滅してしまう。なんとかしたいと思うようになりました」

そのためには「自分が地方議員か首長になって、地域の良さを守るしかない」と考えた。傍から見れば安直な発想にも思えるが、本気だった。

 

最年少でトップ当選

20代で横浜市議選、30代で神奈川県議選に立候補した。だが2連敗。政治家秘書を辞めて、満を持して臨んだ県議選の後は、家族を養うために運搬関係のきついバイトを複数こなす羽目になった。

それでも諦められなかった。自然の豊かさに惹かれて移り住んだ葉山町で、3度目の正直に賭けた。

町議選の一年前からJR逗子駅前に毎朝立ち、通勤客に「おはようございます」と挨拶し続けた。葉山町の新聞販売店で働き、配達と営業の仕事で町内を駆け回った。多くの町民と出会い、町政の課題が浮き彫りになった。

2015年4月、葉山町議選に立候補。町職員の地域手当削減などを公約に掲げて初当選した。「トップ当選」や「最年少」の言葉も踊る完勝だった。