田嶋陽子はずっと“キレさせられてきた”

今回、「田嶋陽子が日本のフェミニズムにもたらした功罪」というテーマで執筆依頼を受けた。求められている原稿はおそらく、田嶋陽子はフェミニストを代表する形でテレビの第一線で活躍したが、彼女の発言や“人の話を聞かない”態度が「怒れるフェミニスト」として定着したことで、フェミニスト、ひいてはフェミニズム全体が否定的なイメージをこうむるという「罪」があったのではないか? というものだろう。

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90年代の『TVタックル』における男性パネリストの発言レベルが、現代の感覚で見ると炎上必至の女性差別でしかなかったことは、『エトセトラ vol.2』でライターの武田砂鉄さんが検証している。田嶋先生の「いつも男にキレている」イメージが、実際は「(田嶋先生は)余裕たっぷりに返答していることばかり。少なくとも、ずっとキレてきたのではなく、ずっとキレさせられてきたのだ。」(武田砂鉄「キレさせていたのは誰で、何を言っていたのか」より)。

私も『エトセトラ Vol.2』を編集するにあたり90年代の『TVタックル』をいくつか見たが、驚いたのは“人の話を聞かない”で怒鳴り散らしていたのが、主に男性の方だったこと。田嶋先生はなにを言われても声を荒らげず、「うん、うん」と聞き、「でもね」と優しく反論していた。冷静だし、言葉はとても論理的だった。つまり戦い方としては、飛んでくるクソリプを丁寧に打ち返している形だ。

おじさんたちの“クソリプ”にうんざりしていたことだろう〔PHOTO〕iStock

こうして見ると、「田嶋陽子=怒れるフェミニスト」というイメージの謎はますます深まるばかりだった。どうして多くの人が彼女に、「人の話を聞かずに怒ってばかりいる」という印象を持ったのだろう。むしろおじさんたちの居直った態度にはらわたが煮えくり返る場面ばかりだったが……。一体なぜ、『TVタックル』での田嶋先生の姿が、発言の中身とは関係なく、あれほどネガティブなイメージにコーティングされることになったのか?