1999年に放映されたNHK教育テレビ(当時)の『課外授業ようこそ先輩』に、田嶋先生が出演している。「女らしさ男らしさってなーに?」と題された授業内容はこんな感じ。

「『男は女を養うものである』『掃除や洗濯、料理をするのは女の役目だ』田嶋氏は、今の子どもたちも、そんな固定観念に無防備にさらされていると考える。押しつけられた男女観ではなく、子ども自身が直感的に感じる男女の役割りや生き方を『将来の自分像』という子どもたちの絵を通じて引き出そうと試みる」※2

田嶋先生は、無邪気な子どもたちの中にも性別役割分業の意識がすでに根付いていること、それが彼らの個性を縛り可能性を狭めてしまっていることを、手品のように浮かび上がらせる。そして性別の呪縛から解放し、もっと自分らしくのびのび生きていいのだと背中を押す。見事としか言い様のない授業、本当の男女平等教育だった。

「田嶋陽子=怒れるフェミニスト」はなぜ生まれた

田嶋先生はテレビで一貫して、フェミニズムを主張してきた。タレントとして世に出るきっかけとなった『笑っていいとも!』のワンコーナー「モリタ花婿アカデミー」でもそうだった。女性学が専門の教授として、「男らしさ/女らしさ」に由来する性別の束縛をわかりやすく説明している。

当時の田嶋先生はテレビをまったく見ない生活を送っており、タモリのことも知らなかったそうだ。しかし本人には、テレビタレントに必要な個性が充分に備わっていた。

タモリのことも知らなかったのに、テレビタレントとして活躍することとなった田嶋陽子〔PHOTO〕Getty Images
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なにしろ登場してたった2分半で、曜日レギュラーのウッチャンから「不思議なキャラクターの持ち主ですね」とツッコまれ、鶴瓶師匠からは「新しいスターが現れましたな」と称賛されたのだ。ナンチャンも「(田嶋陽子という)名前だけは覚えておきましょう!」と合いの手を入れている。タモリにいたっては、「本当に大学の先生ですか? コンビ組んでなんかやってるんじゃないですか? あまりにも面白すぎます」と食いついていたほど。そこからあれよあれよと討論バラエティ『ビートたけしのTVタックル』のレギュラーが決まり、お茶の間にその姿は浸透した。

私たちが「田嶋陽子」と聞いて浮かべるのは、この『TVタックル』でのパネリストとしての姿だ。男性陣と喧々囂々の議論を交わす、怒れるフェミニストとしての姿。そのイメージはブラウン管を飛び出し、戯画化されて世の中に蔓延した。フェミマガジン『エトセトラ Vol.2』に作家の王谷晶さんが寄せた書評エッセイにその様子が、こんなふうに書かれている。

眼鏡とおかっぱ頭、『醜さ』の記号を強調して描かれた顔。そして一つの例外なく、その人は怒っていた。額に青筋マークを描かれ、爆発しているようなエフェクトを描かれ、激しく怒っているという表現がなされていた。それはアイコンだった。」(王谷晶「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ジャパニーズ・カルチャー」より)

日本人の多くに植え付けられたこの、田嶋陽子=怒れるフェミニストというスティグマの総意は、一体どこから来たのだろうか。本当に田嶋先生は四六時中、怒り狂っていたのか?