2008年、75歳の「後期高齢者」の保険制度を新たに定めた「後期高齢者医療制度」が施行された。2020年には女性の人口の半数以上が50歳以上になるという。つまりは、「シニア」が人口の多くを占めることになる。

そんな時代に、老々介護も問題化している。先日11月18日にも、90代の義両親と70代の夫の介護をしながら働いていた70代女性が、義両親の夫の殺害容疑で逮捕されるという痛ましい事件があったばかりだ。

フリー編集者の上松容子さんは、両親が30代のときに生まれたひとりっ子。東京で生まれ育ったが、両親は仲良く元気で、両親の兄妹も都内にいる。自身が「介護とゴミ屋敷問題」に奔走することになろうとは、露も思っていなかったという。父が急に天国に旅立つまでは――。

上松さんがどのような問題に直面したのか、そしてどうやって対応したのか。実体験の名前を変えてドキュメントとしてお伝えしていく。

謎の連続運動

膝に載せたお気に入りのバッグから、財布を出す。
開いてお札を取り出す。レシートを出す。小銭も出す。
それらを眺めてから財布にしまう。
小銭、レシート、お札。
財布をバッグに入れる。
バッグの中をまさぐる。
私の顔を見る。目が泳ぐ。

財布、お札、レシート、小銭。私とバッグを行き来する視線。一連の動きを、もう5、6回繰り返している。途中私が「何探してるの?」と尋ねても、無表情に首を傾げるだけで手を止めない。

8巡目あたりで、薄ら寒くなってきた。

写真は本文とは関係がありません Photo by iSotck

部屋の中では、時間が止まっていた。母の編み物道具、文庫本、父の仕事机、本棚。薄っすら残る、仏壇の線香の香り。テレビから聞こえる人の声、BGM。父の入院前と比べ、何も変わっていない。
だが、父は永遠に不在となり、母は壊れかけていた。

父が突然旅立った日

2004年の夏、父が肝臓の悪性腫瘍で急死した。享年71歳。昭和ヒトケタ世代の中では175センチと高身長で骨太。健康志向の人だったのに、がんの宣告を受けた時には手遅れの状態で、2週間で逝ってしまった。

バタバタと葬儀や火葬が済み、とりあえず自宅に戻った。父は都市問題、環境問題をテーマとする編集者で、定年退職後もフリーで仕事をしていた。当時抱えていた企画は7本。途中まで進んでいたもの、打ち合わせをしたばかりのもの、様々だったが、いずれにしても著者に報告とお詫びをせねばならない。溜まってしまった雑用を片付け、自分の仕事を再開する必要もあった。

母は、父の死で当然ながらショックを受けてはいたが、もともとバイタリティのある人だからなんとかなると思っていた。実際、私が家に帰るときも、彼女は気丈に快く送り出してくれたのだ。大丈夫。