抵抗できなかった

想像してみてください。電車という空間で、見知らぬ男に身体を撫で回される気持ち悪さを。

「声をあげるべきだ」「もっと抵抗すればいい」と思うでしょうか。でも実際、そんなことは出来なかった。出来なかったのです。恥ずかしいからではありません。まず思ったのは、こいつが本当に危ないやつで、刃物なんかを持っていたらどうしようということ。そしてこのことが友達や家族の耳に入ったらどうなるんだろうということです。

通学の時間帯なので、同じ高校の人もたくさん電車に乗っていました。騒ぎになれば、多くの同級生たちがそれを知ることになります。かわいそうな目で見られるのかな、とか、噂になるのかな、とか、先生からも事情を聞かれるのかな、とか、もしかして受験に影響があったらどうしよう、なんてことが頭の中でグルグルと回ったのです。

同じホームに同じ学校の学生たちもたくさんいる。そんな中で告発するのは勇気がいる(写真は本文と関係がありません)Photo by iSotck

そして、小学校の時と同じで、すぐに親の顔が思い浮かびました。いつもどおり笑顔で見送ってくれたお母さんは泣き、一生懸命仕事をしてくれているお父さんは怒るでしょう。そんな2人を想像するだけで、涙が出そうでした。

親はきっと、私のために戦ってくれるだろうとは思います。でも、もし弁護士が出てきたらお金だってかかります。大騒ぎになったら、親の仕事にも影響があるかもしれません。もし、もしもですが、近所で噂になって引っ越さなきゃいけなくなったりでもしたら……。

見知らぬ男に理不尽に体を触られて、気持ち悪くて怖くて恥ずかしくて気を失いそうでした。でもそんな中で、「大人しく触られていれば誰も不幸にならない」と、本気でそう思ったのです。

その日も私は、小学生の時と同じく、いつも通り登校して自分の席に着き、いつも通り授業を受け、いつも通り部活に行き、いつも通り帰宅しました。お弁当を残し夜ご飯を吐いた私を気遣う両親には、「悪いものでも食べたのかも」と笑顔で答え、泣きながら部屋で寝たのです。