ハリウッドの大物プロデューサーに対するセクハラ告発から生じた#Metoo運動が始まったのは2017年のこと。以降、多くのセクシャルハラスメントの一部が公になるようになった。しかし、告発したことによって職を失ったり、嫌がらせにあったりする人も少なくない。

告発するしないにかかわらず、その体験は恐怖をうえつけるものだし、被害者自身が受けたことを思い出すだけで恐怖を感じたり、当時の自身を責めてしまうこともある。大切なのは、一人で自分を責めてしまったり苦しんだりしないこと、そして、周囲も安易に責めないことだろう。被害者は充分苦しんでいる。口にできずにいる人は逃げているのではなく、その想いを抱えて一生懸命生きるという形で戦っている。

当然ながら、性犯罪の加害者は断罪される必要があり、被害者は守られなければならない。勇気をもって告発した方々のことを周囲が理解し、支え、同様の犯罪が二度と起きないようにしなければならないこと。それと同時に、恐怖で言うことすらできない被害者が多い現実を踏まえ、性犯罪そのものの撲滅を目指さなければならない。

ある女性が、蓋をしていた過去の記憶をあけ、「性被害を口にできない」実体験について綴ってくれた。実名ではなく偽名で性被害の体験を掲載する。このように「ずっと言えずに苦しむ人たち」のことを、決して忘れてはならない。

誰にも言えずにいた

私は、性犯罪の被害者です。

この一言を言うのに、20年以上かかってしまいました。

当時私はまだ、10歳ほどの小学生でした。お人形遊びよりは男子とドロケーをするのが好きな、どこにでもいるお転婆娘です。

あの日は、少し汗ばむ暖かい日でした。お気に入りの水色のTシャツを着ていたことを覚えています。

私は坂の上のマンションに住んでいて、坂の下の一軒家に住むAちゃんと毎日遊んでいました。学校が終わるとまずは一緒に私の家へ向かい、家にランドセルを置いて、そのままAちゃんの家に遊びに行くのが日課です。

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それぞれの家を行き来するルートは、ふたつありました。

ひとつは、家を最短距離を結んでいる階段を通るルート。もうひとつは、坂の上と下にある家同士を横にした「U」のように繋いでいる急な坂道を通るルート。この記号でいうと、右上が私の家で、右下がAちゃんの家となります。

坂道は急で、しかもかなりの遠回りです。階段なら子供の足で5分、坂道なら15分くらいでしょうか。しかし階段は、近道ではありますが、人通りが少なくいつもひっそりとしていました。坂が多い地域の住宅街なので、大人たちは車で移動することが多いのです。街灯もろくにありませんし、右側は壁、左は木々があるので視界も悪い。

階段の中間にある踊り場から横に入ると、砂場とベンチしかない小さな公園があります。階段からしか行くことができないうえ、木に覆われていて外からはなにも見えません。

だから私は常々、「階段ではなく坂道を使うように。その公園では遊んじゃ駄目」と親に言われていましたし、Aちゃんが学校に提出する通学路の設定も坂道の方にしていました。