希代の神学者・阿部仲麻呂が説く「フランシスコ教皇訪日」の意味

全国行脚する伝道師がみる哲学的な意味
阿部 仲麻呂

教皇は「閉鎖主義」や「自力主義」を徹底的に退ける

何に注目すべきか——全人類のふるさとである地球で家族として生きる道

教皇は常に神の慈悲深さを意識して活動しています。

普通の人ならば、物事を目先の都合で眺めて自己保身に走る場合が多いかもしれません。しかし、教皇は人間的な視点だけで物事を眺めるわけではなく、むしろ謙虚に神の視点を学ぼうとしています。

自分の能力を過信して傲慢になることを厳しくいましめて生きようとするのが教皇の信念なのです。

キリスト教の立場によれば、目に見えない神の慈悲を目に見えるかたちで伝えたのがイエス・キリストであると理解されています。

 

イエスは、あらゆる相手に対して神の慈愛を実感させようとして旅をつづけました。相手のもとに出向いて支えるのがイエスの生き方でした。

教皇もイエスの生き方を模範として、相手のもとに出向きます。それで、今回は日本の土地に住むあらゆる人びとに対して愛情を示そうとして訪問したわけです。

教皇は決して大義名分をかかげたりはしません。

彼は一部の解放の神学者たちのように過激な革命を目指しているわけではなく、あるいは社会的な慈善事業を推進すべくNPO法人を立ち上げようとしているわけでもありません。

むしろ教皇は一介の信仰者として、常に目の前の相手を受け容れて具体的に関わろうとします。さまざまな年齢層の相手に対して、柔軟に、気さくに励ましの一言を授ける教皇の屈託のなさは底抜けの明るさに満ちています。

アルゼンチン・タンゴの激しい情熱や独特な悲哀感が入り混じるメロディーが教皇の行動の根底から流れ出てくるようにも思えます。

神の慈愛の視点で行動する指導者として、世界中の人びとを励ましつづける教皇は名前をもつ一人ひとりの人間にじかにあいさつしようと心がけています。

教皇は、よく改革者として人びとから賞賛されたり、社会的な慈善活動を奨励する指導者として尊敬を受けています。

しかし、教皇は主義主張をふりかざして行動するような、イデオロギーの実現を目指していません。生きている相手に注目して、一人ひとりのことを尊敬して愛情をこめて関わっているだけです。

教皇は、「閉鎖主義」や「自力主義」を徹底的に退けます。つまり、教皇は、人間が自己完結して独りだけで生きようとしたり、自力で何事も解決できると考えることを戒めます。

全人類のふるさとである地球で家族として生きる道を探りつづける教皇の純粋でまっすぐな生き方は、彼が独自に編み出したものではなく、むしろイエスやアシジの聖フランチェスコや恩師ペドロ・アルぺ師の生き方を引き継ぐものです。

先人たちの尊い生き方を絶やさないように、たすきをつないで走りつづけることが教皇の職務なのです。

彼は決して新しいことを自分で打ち出して実現させているわけではなく、むしろ先人たちの方法論を忠実に受け継いで発展させているだけなのです。

そのような姿勢は16世紀のイエズス会の創設者の聖イグナチオ・デ・ロヨラによる物事の眺め方の影響のもとにあります。聖イグナチオは人間の「統合的な回心」を目指しました。

身も心もすべてを含めて全体的に新たに生き始める努力をすることが「統合的な回心」です。

教皇フランシスコも聖イグナチオの路線をたどっています。

その手法は教皇にとってはペドロ・アルぺ師から学んだものです。

アルぺ師は日本での長年の宣教活動をとおして学んだことを、あますことなくホルヘ青年に伝えました。教皇フランシスコは、もともとホルヘ・マリオ・ベルゴリオという名前でした。

1959年に、ちょうど23歳のときに、ホルヘはイエズス会に入会してから二年目を迎えていました。その時期にホルヘはペドロ・アルぺ師と出会いました。アルぺ師は日本での活動を詳しく語りました。

1549年8月15日にイエズス会創設者のひとりだった聖フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸して日本にキリスト教を伝えたこと。

その後、250年以上もの迫害を経験しながらも、日本の信徒たちがキリスト教信仰の立場を守り通したこと。1945年に広島と長崎に核兵器が投下されながらも現地の人びとは団結して支え合い、驚くべき復興を遂げたこと。

ホルヘはアルぺ師の語りかけを食い入るように聴き、忍耐強く高潔な生き方を貫く日本の信仰者たちの姿から多くの発見をさせられ、彼らとともに生きてみたいという憧れをいだきました。

読者の皆様、日本で生きている私たちは教皇の60年にもおよぶ日本への愛情によって支えられ、励ましを受け、期待されているのです。

さあ、これから、いったいどのように生きていきましょうか。教皇フランシスコは大切な日本を訪問することで、今、私たち一人ひとりに対して大きな問いかけを投げかけているのです。

『ローマ法王の言葉 The Woeds of Francis』(講談社刊)は、キリスト教徒だけでなく、幅広い人に共感を呼ぶ言葉を選んで掲載。フランシスコの金言は、人々の心に勇気を与え、生きるヒントとなる。写真もふんだんに使われている。公式Twitterもスタートした。https://twitter.com/thewordsofpope

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