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希代の神学者・阿部仲麻呂が説く「フランシスコ教皇訪日」の意味

全国行脚する伝道師がみる哲学的な意味

左腕には日本製のCASIOスタンダードの黒い針時計

新しさ——南米、イエズス会、素朴さ、日本へのこだわり [次世代の指導者]
2013年に新しい教皇が選出されました。一世紀の初代のローマ司教ペトロから数えて第266代目の教皇フランシスコです。

彼は、普通の人が定年退職の日々を過ごしている76歳の高齢で、世界人口の約三分の一のキリスト者を導く役目をにない始めたのでした。

ここで、教皇フランシスコのいくつかの「新しさ」を列挙しておきましょう。南米出身つまりアルゼンチン生まれの初めての教皇です。

イエズス会出身の初めての教皇です。飾り気のない素朴な生き方を大事にするアシジの聖フランチェスコの名前を受け継いだ初めての教皇です。

そして、何よりも新教皇は現代の教会共同体の方針を定めた第二バチカン公会議(1962-65年)以降の次世代の初の指導者です。

しかも、生まれも育ちも活躍場所もすべて地元のアルゼンチンだった教皇は就任以前には教皇庁での常駐の職責を果たしたこともありませんでした。

中央から見れば周縁に位置するアルゼンチン出身の教皇は官僚的な指導者ではなく、むしろ地元の生活に密着した発想をする独特なセンスを備えています。

さらに、教皇は日本へのこだわりを個人的にいだきつづけている人物としても傑出しています。彼の左腕には日本製のCASIOスタンダードの黒い針時計が長年にわたって巻かれているほどです。

イエス・キリストとその弟子のペトロが活躍したのが一世紀のパレスチナ地域のガリラヤからエルサレムに至るユダヤ人の生活空間でした。

この地域は当時の地中海世界全体を統べたローマ帝国の中央部から眺めれば周縁の片田舎に相当します。イエスと仲間たちは周縁の人びとを丁寧に支える活動を三年間つづけただけでした。

イエスが政治的指導者たちから抹殺されたからです。しかし、一番弟子のペトロは恩師の想いを受け継いで教会共同体を指導する努力を重ねました。その流れの第266代目が教皇フランシスコです。

フランシスコ教皇(写真=ロイター/アフロ)

期待——現代世界への奉仕、教会システムの刷新、キリストへ [教会の目的の見直し]
教皇フランシスコは選挙で選出された直後にブラジルの親友のフンメス枢機卿から励まされました。

「どうか貧しい人びとのことを忘れないでね」と。

その一言を聞いて「アシジの聖フランチェスコ」の姿が想い浮かび、教皇名にしたのです。12世紀から13世紀のヨーロッパの激動期を生き抜いた聖フランチェスコはあらゆる生きものの存在価値を認めて、あらゆる人に奉仕し、教会共同体内の人びとの不正や矛盾や格差を見直し、何よりもキリストのまなざしで物事を眺めようと決意した信仰者です。

 

「あらゆるものへの奉仕・教会の刷新・キリスト中心」という立場で生きた先駆者の努力を教皇フランシスコは受け継いでいます。これら三つの目標はキリスト者にとっての生き方の根幹をなしています。

今回の訪日にあたって教皇フランシスコは「すべてのいのちを守る」という目標を掲げました。

その目標は、まさに聖フランチェスコの生き方から学んでから設定したものです。 あらゆる生きものを兄弟姉妹として認めて語りかけつつ大切に理解し、巡礼の旅をつづけた聖フランチェスコによる「世界全体をふるさととしてなつかしむ生活」は教皇による「地球環境全体を我が家として幅広く活気づける訪問活動」とも共通性があります。

教皇フランシスコが地球環境全体の保護を呼びかけた2015年6月の回勅『ラウダート・シ(あなたはたたえられますように)——ともに暮らす家を大切に』をまとめるに際してレオナルド・ボフからの助力を借りました。

ボフは南米の著名な神学者ですが、1995年に「解放の神学とエコロジー」という論文を公表しています。この論文を筆者は1996年に翻訳しました(『神学ダイジェスト』81号、上智大学神学会、69-79頁)。

今にして驚いていることは、二四年も前のボフの論文が教皇に多大な影響を与えていることです。一部の支配階級による搾取にもとづく経済格差から導き出された人間同士の差別の結果として貧しい者たちが増加しています。

同時に、相手の需要を上回る品物の大量生産・大量消費・大量廃棄によって地球全体のあらゆる資源が使い尽くされていることで、様々な災害が生じてきます。

貧しい者たちも地球環境も、ともに叫びを挙げているが、両者は「いのちの二つの姿」でもあり、つまり二つの方向性の問題点は連続した一つの危機である、というのがボフの指摘です。

今こそ、あらゆる個々のいのちを含めた全体の危機を解決する努力をしなければならないわけです。