芸大受験マンガ『ブルーピリオド』を男性性から読み解く

「少年」というマジョリティのゆくえ
※編集部注:本記事には『ブルーピリオド』の物語の展開や核心にふれる記述があります。同作の魅力をより深く味わいたい方には、ぜひコミック本編と本記事をあわせてお読みいただくことをお薦めします。

少年の「男らしさ」を問いなおす

『ブルーピリオド』は、2017年から講談社の月刊誌『アフタヌーン』にて連載中のマンガである。そのストーリーは、男子高校生が芸大合格を目指して奮闘するというもので、作者の山口つばさも芸大出身であるという。

2019年の「マンガ大賞」第3位、同年「このマンガがすごい」オトコ編4位と、すでに高い評価を得ている。最新コミックス第6巻で「受験編」が完結したところだ。

本稿の目的は、『ブルーピリオド』の魅力を語ることのほかに、この作品を読みながら、現代の少年マンガにおける「男性性」のありかたについて考えることにある。本論に入るまえに、すこし背景を説明しておこう。

男性学(men’s studies)という学問の領域がある。これは男性性(masculinity)、つまり「男らしさ」というジェンダー規範について研究する学問で、わかりやすい具体例を挙げれば、「男は強くあれ」、「家庭を支える稼ぎ手としての父」といった男性特有のイデオロギーに、さまざまな方法でアプローチする。

こう書くと、男性学はフェミニズムと対立するのではないかと疑う人もいるだろう。だがジェンダーの問題とは、つねに男性性と女性性が絡まりあったものである。つまりジェンダー問題は関係的なのであり、それは両性の側から同時に考えるべきだ。たとえば女性差別の解決は、男性側の意識の変革なしには達成されえないだろう。

 

「男らしさ」の規範は、女性にたいして抑圧的・暴力的に作用することもあれば、男性自身がそれに呪縛され苦しむ場合もある(「女らしさ」も同様である)。なぜ男ってこうなのか、それを男女両性の視点から──さらには性的マイノリティの視点からも──問いなおしてゆく必要がある。

上述の文脈から少年マンガというジャンルを眺めるとき、その多くは、男性性のよくない面を再生産・強化する傾向が強いと言わざるをえない。その問題には、まったく異なる文法で成立している少女マンガから切り込むこともできれば、少年マンガ自身による自己省察から接近することもできる。

後者のメリットのひとつは、すでに問題含みの「男らしさ」をインストールしてしまった男たちは、いかにしてそれを改善してゆけるのか? という視点を取りやすいことだ。男たちはどんなきっかけで、どのように変わるのか。そして、どんな別の自分に辿りつくのだろうか。

女性作家による少年マンガである『ブルーピリオド』を読む本稿では、少年主人公の「男らしさ」が、美術や受験というテーマや、周囲のキャラクターとの関係をつうじて、どう問いなおされるのかを見てみたい。その過程で、少年というマジョリティのこれからについて考えるヒントを提示できればと思う。