「天才・ユーミン」少女時代の「仰天の伝説」の数々

「普通の子」が「荒井由実」になるまで
週刊現代 プロフィール

自分の声が嫌いだった

シー・ユー氏にデモテープを渡したユーミンにしてみれば、憧れの人に自分の作った音楽がどう受け止められるのかが知りたい、そんな純粋な気持ちだったのだろう。だが、運命は思いがけないところから動き始める。

加橋氏の作品を手掛けた音楽プロデューサー・本城和治氏が振り返る。

「加橋くんが『すごい作曲家を見つけたんだ。彼女の曲を入れたい』と興奮気味に言ってきたんです。曲を聴いてみて、驚きました。まだ高校生なのに、曲の世界観がはっきり構築されているんです。

ユーミンの曲は、それまでの歌謡曲やグループサウンズ、フォークソングにはない、新しさに満ち満ちていました。

まずメロディが都会的で、ジメジメしていない。お洒落で垢ぬけているんです。コード進行ひとつとっても非常に斬新で、他の誰にも似ていない。きっと、彼女の通っていた立教女学院がキリスト教系で、教会音楽が身近だったこともあるのでしょう。僕も彼女の才能に惚れ込み、すぐに電話をかけてスタジオに来てもらいました」

本城氏は、初めてユーミンに会ったときの印象をこう語る。

「スタジオに現れた彼女は、スリムで利発そうな女の子でした。緊張しているようでしたが、おどおどする素振りは一切見せなかった。ハキハキ、テキパキとしていました。当時から物怖じしない『強い女性』でしたね。

結局、『マホガニーの部屋』はメロディのみを採用することにして、加橋くんが新たにつけた詞と合体させて『愛は突然に…』という曲に生まれ変わりました。ともあれ、あの曲が作曲家・荒井由実の初めての作品になったんです」

ところが、当時のユーミンは作曲こそすれ、自分で歌うという意識はなかったようだ。本城氏が「歌手として活動しないの?」と問いかけても、「歌うつもりは全然ないんです。作曲家志望です」と返答している。

その理由は、彼女の声にあった。

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