富山市街地の遠景〔PHOTO〕iStock
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「富山は日本のスウェーデン」説に、富山住み40歳女性が抱いた違和感

私が感じた「地方の共同体」の窮屈さ

私の前に立ちふさがった「富山らしい」共同体

2018年夏頃、我が富山の書店には軒並み、『富山は日本のスウェーデン』という新書が平積みにされていた。著者は経済学者・財政学者の井手英策氏。富山でトップシェアを占める地方紙、北日本新聞をはじめ様々なメディアでも紹介された。気になったので買って読んでみたが、その中身はタイトルと同じく「ピンとこない」の連続だった。

 

1960年以来、不動の持ち家率全国1位(国勢調査)である富山は、女性の就労率が高く、勤労者世帯の実収入も4位であると井手氏は指摘する。三世代同居で子育てしやすく、地域の包括ケアシステムも充実。自民党一強の保守王国ながら、社会民主主義のスウェーデンのような相互扶助があり、老若男女が「住みやすい県」とのこと。

しかもそれは、家族または地域の共同体による、助け合いの精神が富山の豊かさを支えている、と結論付けていた。しかし富山で18歳までを過ごし、10年間の大阪・東京生活の末、富山に帰郷した独身アラサーの私に立ちふさがったのが、まさにその“富山らしい”共同体だったのだ。

富山市〔PHOTO〕iStock

私が富山に戻ったのは2008年、29歳になる年だった。母が経営する実家の薬局で働くことになったのだ。「しんどくなったら富山に帰ればいい」という甘えた考えを心の支えに、東京で雑誌編集者として生きてきたが、いざ故郷に逃げ帰ると、想像以上に未知で窮屈な社会が待ち受けていた。