戦争を煽ったのは誰だったのか? 民意が生んだ娯楽統制と戦争への道

大本営発表の意外な真実
井上 寿一 プロフィール

止まらない、「民意」

「投書階級」の非難の矛先は、流行歌に止まらず、西洋クラシック音楽に及ぶ。1937年の「草深き山村の百姓」からの日本放送協会への投書は、西洋クラシック音楽に対して「不愉快と嫌味とそして一種云うべからざる反感が心の底から湧き上って来る」と嫌悪感を露にする。

別の投書は、ヨハン・シュトラウス2世の歌劇「蝙蝠」序曲に対して、「只ガヤガヤ騒々しくて全く聴いていて閉口致しました」と苦情を述べる。これらの投書に共通するのは、西洋クラシック音楽に対する「生理的な違和感ないしは嫌悪感」であり、「都市エリート文化一般の押しつけに対する反感」だった(金子龍司「日中戦争期の『洋楽排撃論』に対する日本放送協会・内務省の動向」)。

 

「投書階級」の西洋クラシック音楽の放送回数削減要求は、「日本的なもの」のイデオロギーで飾られていた。西洋クラシック音楽の放送は「ガンガンキーキーやかましいばかりで日本精神に反する」。

そう非難する「投書階級」は、他方で軍歌ならば同じ西洋楽器を用いた演奏でも、つべこべ言わなかった。戦時下に「日本精神」を掲げて非難する相手には、どうしようもなかった。

以上要するに、娯楽統制の主体は検閲当局というよりも、民意(「投書階級」)だったことになる。

権力と民意の逆転は日中戦争の長期化に拍車をかける。新聞やラジオの報道によって戦勝気分が高まった民意は、無賠償・非併合による戦争の終結をめざす近衛の和平工作の妨げとなったからである。メディアの持つ双方向性は、権力による被害者でもなく、権力に追従する加害者でもないメディアの実像を明らかにしている

強者と弱者の立場の逆転 

さらにメディア統制をめぐる加害者(強者)=軍人と被害者(弱者)=知識人の関係を相対化した研究が佐藤卓己『言論統制』である。同書は「強い軍部が弱い知識人をいじめる」、「剣はペンより強し」の構図を逆転させる。ここでは軍人とは情報局情報官=鈴木庫三少佐であり、知識人とは文筆家と出版業界の関係者を指す。

同書は議論の前提として、ある統計データに注意を喚起している。それは、鈴木が出版統制の任にあった前後の時期の主要雑誌の年間発行部数と書店取り扱いの単行本の刊行数が右肩上がりに増加していることを示す統計データである。この数字は戦時下でありながら、出版が弾圧されていたとは限らないことを示唆している。

加えて同書が描く鈴木少佐は東京帝国大学で教育学を学んだ陸軍将校で、彼の方こそ知識人だった。鈴木は「健全な裸体画や恋愛小説を積極的に奨励」していた。

対する被害者(弱者)だったはずの文筆家や出版業界の関係者は、戦争景気を背景に、経済的に豊かになる一方で、社会的には堕落していた。鈴木が嫌ったのは「金儲けのことしか考えていない資本主義者」だった。

メディア統制をめぐる強者と弱者の立場の逆転が日本社会に何をもたらすのか。それを見極める前に日米戦争が始まった。 

大本営発表の虚実

国民が日米開戦を知ったのは、12月8日午前7時少し前のラジオ放送である。午前7時の定時ニュースの直前に速報が読み上げられる。「大本営陸海軍部12月8日午前6時発表。帝国陸海軍は今8日未明、西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」。

大本営発表は悪名が高い。今でも政府による虚偽・誇大のフェイクニュースの代名詞として用いられている。

この大本営発表を緻密に分析した先駆的な著作が保阪正康『大本営発表という権力』である。

同書は開戦の日から翌日にかけての大本営発表の内容分析から、意外な結果を明らかにしている。それは情報が正確だったことである。情報が確認できない段階では「まだ確実ならず」と断っている。同書は、大本営発表が可能な限り正確な情報を伝えることで、国民に戦争への協力を求めていたと指摘している。