「ふたりの生活」は安らぎ

ただし、セックスレスの状態をのぞけば、我が家はとても穏やかで、お互いに安らげる場所になっている。

ふたりでピザを食べながら大河ドラマを観たり、おすすめの映画をNetflixで紹介しあったり、仕事の愚痴を言って慰めあったり、近所の美味しいご飯屋さんを開拓したり、休日の朝にウォーキングがてら二駅先のパン屋さんに行ったり、そうやって、ふたりで生活を楽しんでいる。そして、私はそれで十分に満たされている。

近所を散歩して美味しいものを食べる。それだけで楽しい(写真の人物は本人とは関係ありません)Photo by iSotck

だから、彼がもし外でセックスをすることが楽しいと思えるのであれば、これ以上ないほどにいい選択肢だと感じた。少なくとも、ハプバーに行くのを後押ししていたときの私は、そう信じていた。

しかし、終電の時間を過ぎても帰ってこないあたりから、私はなんだかソワソワし始めた。当然のように、その日のうちに帰ってくると思っていたからだ。心配をかきけすようにゲームをしていたが、身が入らなかった。そういえば、友達が過去に付き合った恋人は、ハプバーで知り合って意気投合した人だって言ってたっけな、なんてことを今になって思い出す。

なぜ、セックスだけで済むと思っていたのだろう。セックスをした相手と恋に落ちる、なんてことは十分にありうるわけで、そしたら私と彼の関係性は容易く崩れてしまうのに。その可能性が頭からすっぽりと抜けていた。自信過剰だったのか、愚鈍だったのか、ぼんやりとしていた自分に腹が立ってくる。