「女が生きやすい社会は、男も生きやすい」フランスの元大臣の教え

彼女が私に語ったこと
髙崎 順子 プロフィール

民主主義のあり方が違う

予想とは全く異なる展開で始まったインタビュー。男女間の格差是正について聞くはずが、「そもそも男性の権利からして確立していない」と指摘され、筆者は瞬時に二の句が継げなかった。しかし、その後に続いてゆくロシニョール氏の言葉は、少し遠回りをしつつも、問題の核心を鋭くえぐるものだった。

 

しばしの沈黙の後、「そもそも、民主主義のあり方も違いますからね」と、議員は続ける。

「フランスの政治では、〈市民〉という主権者のあり方と、その一人一人の参加が最重要視されます。でも日本の政治においては、「個人よりも権威を尊重せよ」という意識が強いのではないでしょうか? 国民が「人権を持つ個人」ではなく、’民主主義社会’という建物の「一材料」として考えられているように感じます」
 
それは、両国の現代民主主義の成り立ちの違いから来ていると、議員は認識しているという。

フランスの民主主義は「王」という上位者を引き摺り下ろし、その首を切り落とす革命から始まった。この国の民主主義は、市民が熱望して、戦い、血を流して確立されたものだ。

ルイ16世がギロチンにかけられる場面を描いた絵画(フランスのカルナヴァレ美術館所蔵): Gettyimages

しかし日本は違う。大正デモクラシーなど戦前から民主主義の萌芽はあったが、現在進行形で運営されている議会制民主主義は、第二次大戦敗戦後の国家再建と同時にもたらされた。国民にしてみれば、「ある日突然、『上』から降ってきた」かのように与えられたシステムと言える。国民の大多数がそのために戦うことも、力で専制者を追い落とすこともなく、成立したものなのだ。

この比較は良し悪しを問うものではない、とロシニョール氏は言い添えた。日本人である筆者から見ても、単純に歴史的な事実であり、問題なく同意できる認識だ。

「フランスの市民は無礼です。そうしないと人権を手に入れられなかったからですが、だから『お上』はいつでも『横柄に異議を唱えるべき相手』だと思っています。それに比べ、日本の国民はとても礼儀正しく従順ですね。 民主主義国家であっても、国民は『お上』を敬い従うべきという、強固な上下関係があるように見えます」