撮影=齋藤浩(講談社写真部)

感涙!フランシスコ法王が長崎で語る「言葉」と日本との「えにし」

長崎の髙見三明大司教の壮絶な被爆体験

世界中が注目する長崎・広島でのメッセージ

11月23日から26日にかけて、ローマ法王フランシスコが来日。いま日本中が、フランシスコの発言に注目している。

過去、日本がローマ法王を迎えたのは、たった一度、1981年の法王ヨハネ・パウロ2世の来日のみ。今回の2度目のローマ法王訪日は、そのとき以来、実に38年ぶりの非常に貴重な機会なのである。

法王来日のテーマは、「すべてのいのちを守るため~PROTECT ALL LIFE」。

訪日の間、24日に長崎と広島を訪れ、25日には東日本大震災の被災者との集いを持ち、天皇陛下とも面会の予定となっている。

 

被爆地である長崎、広島。さらに長崎は2018年に「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産となったばかりである。被爆地であり、かつ殉教の地である長崎、そして広島において、法王フランシスコがどのようなメッセージを世界に向けて発信するかが注目される。

そこで、長崎原爆のとき母のおなかにいた胎内被爆者であり、潜伏キリシタンの末裔でもあるカトリック長崎大司教区の髙見三明大司教に、法王来日までの経緯と長崎訪問の意義についてお話を伺った。

第一声は庶民的な「ブオナ・セーラ(こんばんは)」

ブエノスアイレス大司教ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿(現・法王)は、2013年3月12日から13日に行われたコンクラーベ(法王選挙)において第266代ローマ法王に選出され、フランシスコの名をとられた。同月19日に就任し、バチカン市国のサン・ピエトロ広場において就任ミサを執り行った。

髙見三明大司教が、私に語りかける。

「教皇に選ばれると、サン・ピエトロ広場の大聖堂正面のバルコニーに姿を現し、全世界に向けて最初の祝福を与えます。普通は厳かに出てきて、一種のセレモニーがあるのですが、そういったものを無視するかのように、片手をあげて『ブオナ・セーラ(こんばんは)』と言ったのです。それが第一声。私は度肝を抜かれました。

そして、祝福を与える前に『わたしのために祈ってください』と言って、バルコニーの手すりに手を置いて、みんなが祈っている間、しばらく頭を下げて、それからおもむろに教皇としての最初の祝福をされたのです。

その一連の動きを見て、『この方は今までとまったく違った、庶民の目の高さに立たれる教皇なのではないか』と感じました」

法王フランシスコは、新しい法王の第一声を聞こうと集まった人々の前に、純白のケープ付きスータン(通常の正装)とズケット(円形の帽子)のみという姿で現れたのである。

従来ならえんじ色のケープに金の刺繍が施されたストラ(ストール)を首から下げた鮮やかな姿で登場するのに、それはあまりにも自然な姿だった。法王フランシスコは、これらのケープやストラを祝福の際にだけ着用したのである。

写真=ロイター/アフロ

「その後、いろいろ話を聞いていると、『アルゼンチンでイエズス会の神父だったころ、日本に宣教師として行きたかったが、健康上の理由で上長から許可されなかった』と知りました。わたしは、以前日本に行きたいという思いがあったのだから、『教皇としてぜひ来てください』とお願いすれば、応えてくださるのではないかと思ったんです」

法王フランシスコの就任の翌2014年7月、当時の司教協議会会長の岡田武夫大司教と当時副会長だった髙見大司教が、二つ目の招待状を携えてバチカンに赴いた。

その後、数回にわたって手紙などを通して訪日を要請したのである。法王に就任間もないころであり、世界中の多くの国の人々が法王の訪問を待ち望んでいた。