11月25日 医師・物理学者、ユリウス・マイヤー誕生(1814年)

科学 今日はこんな日

地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

この日、ドイツ南部、現在のバーデン=ヴュルテンベルク州のハイルブロン( Heilbronn [独])の街で、医師であり、物理学で功績を残した、ユリウス・ロベルト・フォン・マイヤー(Julius Robert von Mayer、1814-1878)が生まれました。

【写真】J・R・マイヤー
ユリウス・ロベルト・フォン・マイヤー photo by gettyimages

生まれた家が薬局だった彼は、少年のころから実験器具や様々な標本に囲まれて過ごし、科学少年の夢をはぐくみました。大学では医学を学び、また実験好きが高じて化学の講義などにも参加していました。

 

世界をこの目で見たいという気持ちが強く、在学中から各地の病院で研鑽を積みましたが、大学を出るとオランダ船の船医となりました。

医師として、生理学的な興味から体温維持に要する熱量と消費酸素量の関係に興味を持ち、熱と運動とのかかわりに研究の対象が広がりました。マイヤーは、物体の運動や熱、電気といった現象の原因となるものを考え、それを「力」としました。

そして、その「力」の量は常に一定で、消滅することはないと考えました。そして、熱と仕事が相互に変換可能であること、一定の量の熱を生み出すにはどれだけの運動が必要になるかという熱の仕事当量と、その算出方法について論文で発表したのです。

しかし、この論文は高い評価を得ることができず、またジェームズ・プレスコット・ジュール(James Prescott Joule、1818-1889)がジュールの法則を発見して、熱の仕事当量の値を明らかにしたため、マイヤーの論文は、すっかり忘れ去られてしまいました。

マイヤーは、研究上の成果が認められないことに加え、子どもを亡くすなど家族の不幸もあって心痛がかさみ、自殺未遂まで起こしました。19世紀も後半になって、ティンダル現象で有名な物理学者ジョン・ティンダル(John Tyndall、1820-1893)らによって、その業績が徐々に明るみに出され、再評価されるようになってきました。

1871年に英国・王立協会より、科学的業績に対する賞でもっとも由緒のあるコプリ賞が贈られたのは、彼が64歳で逝去する7年前のことでした。

【写真】マイヤーの銅像
生誕200年を記念して、故郷のハイルブロンに建てられたマイヤーの銅像 photo by gettyimasges