日本で「変人」扱いされた「熱帯女子」、アメリカで大学教員になる

あるリケジョの汗と涙の記録
杉山 杏奈 プロフィール

コスタリカの熱帯林へ

結局、アマゾンは未踏であるが、中米コスタリカで熱帯林の研究を始めることができた。しかし、留学生が独力で取れる研究費は額も小さく、各学期TAの仕事もあったので、短い滞在期間中にすべてを終わらせなければならなかった。そのため、コスタリカではほぼ毎日、朝から夕方まで一人で森にこもり、朝晩に調査の準備をしながら、申請書を書いたりしていた。

森の中では、何度か毒ヘビに噛まれそうになったり、大量のアリにたかられたり、沼にはまったりとかいうこともあった。何の修行だったのか。

コスタリカの森でよく遭遇した毒ヘビ
 

調査地には、宿泊可能でキッチンやスタッフも配備された研究施設があったため、野宿の必要はなかった。しかし、調査期間がちょうど研究施設の閑散期とぶつかることも多く、こういうときは孤独であった。利用者が私一人しかいないときは、キッチンのスタッフも私の帰りを待たずに帰ってしまっていた。一日中、一人で森を調査して帰ってくると、すでに冷たくなった食事が――ラップには「チンして食べて」と書かれていた。チーン。

一回の調査期間は数週間から3ヵ月ほどだったが、5年弱の博士課程の間に合計11ヵ月弱森にこもっていた。熱帯林は生物多様性が高いので、行くたびに見たことのない生き物に遭遇する。その楽しみがなかったら、やっていけなかったと思う。

暗黒時代に得た財産

ここまで、私の留学生活の暗い部分ばかり書いてしまったが、今でも留学して本当に良かったと思っている。トラブルが多かったからこそ、危険を回避する術も身についたし、英語力も向上した。ネイティブスピーカーにはなれないが、卒業する頃にはペラペラ話せるようになっている留学生がほとんどだ。英語に苦手意識をもっている人にこそ、大学院留学はお勧めしたい。

大学院留学は、私の様々な価値観を変えてくれた。

たとえば仕事の仕方だが、アメリカの大学には、とても優秀な研究者が多い。しかも、家族を大切にし、仕事以外の人生を楽しむことが当たり前という風土があるため、五時過ぎには帰る人が少なくない。そのような生活でも良い研究はできるということを、身をもって学んだ。そういう優秀な多くの指導者やメンターに出会えたことは、人生の財産である。