日本で「変人」扱いされた「熱帯女子」、アメリカで大学教員になる

あるリケジョの汗と涙の記録
杉山 杏奈 プロフィール

研究費がないっ

さらに大変だったのはTeaching Assistant(TA)の仕事である。アメリカの大学院の理系Ph.D.コースに進学した学生は、一般的に費用の負担がない。その代わり、研究室のボス(PI)に研究費があれば、Research Assistant(RA)として雇ってもらい、研究を進めるか、私がそうだったようにTAとして働くことで、授業料の免除と生活費の支給を受けるのである。

透明な蝶なんて、存在すら知らなかった
 

TAの仕事というと、日本では教員の手伝いという感じだったが、アメリカではTAがクラスを丸ごと担当する。学部生・大学院生への講義・実験、試験作成、採点、成績評価もTAの仕事だ。教育の難しさと喜びを学ぶ機会になったが、特に最初のうちは準備にとても時間がかかった。

TAをしなければならなかったということは、私のいた研究室のPIにはお金がなかったということである。そのため、卒業するまでほぼ毎学期、TAとして教え、研究費も自分で申請書を書いて獲得していた。

アメリカは留学生への門戸は広く開かれているが、アメリカ国内では米国市民権か永住権を持つ者限定の奨学金や研究費が多く、応募できるものも限られていた。学内外の小規模な研究費をいくつか獲得し、「合わせ技一本!」のような形で、毎回調査の費用を調達していた。

そのため、RAとして雇われて研究に専念できる学生と比べると、自分の研究に加え、TAの仕事と研究費申請もあり、余裕がなかった。調査と授業がない時は、ほぼオフィスにこもっていた。