前篇はこちら⇒かぜを引いただけで、医師から119錠もの薬が処方されるとは……
アメリカのChoosing Wisely Campaign
医療のムダは、何も日本だけで起こっているわけではない。私は2018年まで米国で勤務をし、同じようなことが米国でも起こっているのを何度も目にしてきた。
このような問題に対し、米国では、Choosing Wisely Campaignという形で運動が行われ、これに共鳴する形で、世界でも少しずつその運動が広がりつつある。
このChoosing Wisely Campaignは、直訳をすれば「賢明な選択キャンペーン」。先に紹介したように、医療の無駄を少しでも減らそうとする取り組みで、米国では、すでに80以上もの学会がこのキャンペーンに賛同し、何らかの形で声明を出している。
実際、Choosing Wisely Campaignは、米国の現場の医師にうまく浸透してきており、成果を挙げつつある。しかし、これは医師の教育だけでは実現し得ず、患者さんの理解もとても重要である。
高価な薬ほど良い?
例えば、患者さんの中には、薬を食品や衣服と同様に捉え、「高いものほど良い」という認識がある方もいるかもしれない。より新しい薬、より高価な薬のほうが効果は高く、良質なのではないか――と。私も患者さんから、「私にはジェネリックのような安い薬は使わないでほしい」と面と向かって言われたことがある。
しかし、実際に医療の世界では、高いものほど良い、というコンセプトは通用しない。製造過程により値段がかかるもの、より新しいものが高い。もし効果が過去の薬剤に劣っていても値段は下がらない。
また、個々人の病気の具合によって、古い安価な薬と新しい高価な新薬を使い分けなければならない病気もある。高価なブランドバッグのほうが質がよく、高価なレストランに外れがないのとは異なり、薬剤は高価であれば良いというものではない。
このようなことは、患者さんにもしっかりとした知識がないと、医師と患者の思いの隔たりにつながってしまう。
「安くて良い薬がたくさんある。そして、効果が同じなら、安いほうが良い。それが未来の医療を守る」
そんなことを医師だけでなく、皆がしっかりと理解しておく必要があるのではないだろうか。
高齢者に広がる「ポリファーマシー」
ここで、米国で起こっている医療問題とそれに対する取り組みの一例を紹介したい。
人は年を重ねれば重ねるほど病気が増え、病気が増えると、薬も増える。高齢者は往々にして、たくさんの薬を「飲まされ」がちだ。
62歳から85歳の2000名以上を対象としたある調査では、全体の36%もの方が5種類以上の薬を日々内服していたことが報告されている(※1)。また、とある決まった保険を利用する高齢者に対する調査では、実に5割にも上る方が5種類以上の薬を内服していた(※2)。
このように、5種類以上の薬を飲んでいる状態は「ポリファーマシー」と呼ばれており、いま注目を浴びている。
実際に私も、「薬だけでお腹がいっぱいになっちゃうよ」と冗談めかして笑う患者さんや、本当にお腹がいっぱいになってしまい、ご飯を食べられなくなってしまった患者さんを何度も見ている。