11月28日 F・マゼラン、太平洋に到達(1520年)

科学 今日はこんな日

地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

前年の9月にスペインを出発したポルトガルの航海者フェルディナンド・マゼラン (Fernão de Magalhães[ポルトガル]、1480-1521)が、1520年のこの日、後に「マゼラン海峡」と命名される南米大陸南端の海峡を通過して太平洋に出ました。

 ※関連記事:9月20日 マゼランが世界一周航海へ出発(1519年)

海峡航海中に、艦隊最大の船であるサン・アントニオ号がはぐれてしまったため(実際は、マゼランに反対して単独でスペインに帰国していた)、偵察に出した小艇の「恐ろしく広い海に通じている」という報告で、太平洋に出たことをマゼランは知りました。

【写真】フエゴ島
  チリ南部のプンタ・アレーナス(Punta Arenas)からマゼラン海峡越しにフエゴ島(Isla Grande de Tierra del Fuego)を望む。フエゴ島は、海峡を航行中にいくつもの明かりがともっているのを見て「火の島」という意味からその名が付いたという photo by gettyimages

太平洋の航海は、天候が良く平和な日が続いたため、 この海をPacific Ocean(平和な・穏やかな大洋=「太平洋」)と名づけました。太平洋上はチリから北西に向かって航行しましたが、穏やかな海と引き換えに、食料や水の補給ができず、帆布の牛皮をかじるなど、飢えや渇きとの闘いの日々だったようです。

ようやく翌1521年の3月にグアム島を経てフィリピンに到着し、彼らは太平洋の横断を成し遂げたのです。

オルテリウスによる太平洋の地図(Descriptio Maris Pacifici)。マゼラン艦隊の航海によって、太平洋の知見は大きく進んだ
右下に"Fretum Magella nicum(マゼラン海峡)"が、その近傍にはマゼランの船も見える。ベネズエラのあたりは"Caribana(カリバナ:人食い地方)"、南極には架空の大陸"Magallanica(メガラニカ、11月24日のタスマニアの記事でも紹介)"が描かれるなど、事実とは程遠いものの、当時の世界観を反映している点は興味深い

左上には日本列島らしき島("Amngcha" 天草、"Meaco" 都などの文字)が見える

拡大画像はこちら photo by gettyimages

マゼランは、フィリピンのセブ島近くの小島で、現地の政治情勢に介入しようとしたため、原住民の王とその軍勢との間で交戦状態となり、その結果戦死してしまいます。くわえて、それまで協力的だったセブ王の心変わりで、後継指揮官の多くも命を落としてしまいます。

最終的に船団は、スペイン・バスク地方出身のフアン・セバスティアン・エルカーノ(Juan Sebastián Elcano、1476-1526)に率いられ、1隻だけがスペインに帰還しました。こうして初めての世界一周が成し遂げられ、地球が丸いことも証明されたのです。

【写真】フアン・セバスティアン・エルカーノの肖像
  フアン・セバスティアン・エルカーノ photo by gettyimages

 ※関連記事:9月 6日 マゼラン隊が初の世界一周を達成(1522年)

マゼランの世界一周によって、太平洋や、地球全体の地理がはじめて全体的にとらえることができました。

航海に同行し、無事帰還したイタリア人貴族で航海者のアントニオ・ピガフェッタ(Antonio Pigafetta、1491-1534)の日誌は、その後の冒険家や船乗りたちの大きな指針となり、またこの世紀の後半には近代地図の創始者として知られるフランドル人のアブラハム・オルテリウス(Abraham Ortelius、1527-1598)による初めての太平洋の詳細地図(前掲)が作成されました。