宇宙に行った日本人たちが、地球を見て抱いた「言葉にならない思い」

彼らはそこで、何を見たのか
稲泉 連 プロフィール

現在、東京理科大学の副学長を務める彼女はそう話すと、「対して今でも忘れられないのは、地球に戻ってすぐのプレスカンファレンスのときの出来事です」と続けた。

「ある人から受け取った名刺が、ズシっとしてすごく重かったんです。『これってこんなに重いの』っていうくらいに。自分の体も重いし、紙だって重い。それに、周囲の風景そのものがどこか不思議なんです。まず机の上にものが置いてあるのが不思議で、一枚の紙が机にチューインガムか何かでくっついているように見えたんです」

1998年、二度目の宇宙飛行に出発する前の向井氏(左から2番目)〔PHOTO〕Gettyimages
 

彼女が宇宙に滞在したのはわずか2週間程だったが、それでも物が「落ちる」という動きを見ていると、それがまるで地球の中心に磁石で引き付けられているように見えるようになっていた。また、帰還後の翌日、ミッションの仲間のクルーに持っていた爪切りを投げて渡したとき、その放物線を見て二人は同時に息を飲んだという。

「宇宙だと等速運動で投げたものがまっすぐに飛んでいくわけですが、地球では二人の間で爪切りが綺麗な放物線を描いて落ちていく。当たり前のことなのに、工学系のエンジニアだった彼が言うんです。『放物線というのはこんなに美しい線だったのか』って。私も同じ思いでした。放物線は美しい。なぜいままで、この美しさに気づかなかったんだろう、と」

彼女はそうした体験を通じて、地球も宇宙の中の一つの環境であり、自分たち人類は「重力文化圏」に生きる存在なのだ、と確かに実感したという。

地球環境をそのように新鮮に受け止める感覚は帰還後、3日ほどで消えてしまった。だが、その3日間を振り返るとき、彼女は「風が吹く、物が落ちる、カーテンが揺れる……。それは赤ちゃんが見るもの全てに関心を抱き、感激を覚えるようなものでしょうね。大人になると忘れてしまうその自然への感激が、まるで甦ったように私には感じられたんです」と今でも目を輝かせる。

「宇宙体験」によってそのように世界を見つめる新しい視点を得たことは、現在も宇宙開発の世界に携わる彼女の多くの部分を、確かに形作っているのだと感じられた。