2019.11.23

最強のチーム(組織)が、なぜか絶対に「思いやり」を大切にするワケ

運は親切をした相手の背中から来る
大原 浩 プロフィール

誰とチームワークを組むのか、は大切

ただし、キリスト教で説かれるような「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出せ」というような話は、観念論的過ぎて非現実的だ。「思いやり」が人間の本能であるのと同時に、「利己心」も人間の本能だからだ。

博愛精神というのはとても美しい響きを持つ言葉だが「机上の空論」に過ぎない。世の中には、改心の情を持たない連続レイプ殺人犯や、他国の領土を侵犯し侵略しようとする国家などが現実に存在する。彼らにも本能としての「思いやり」は備わっているはずなのだが、何らかの障害でそれが失われたり、「利己的本能」が強く出すぎているのかもしれない。

だからこそ、自分が所属するチームでの「思いやり」を強化して、外敵に対抗しなければならないのだ。

 

そして、強いチームとなるには、誰とチームメイトになるかが重要だ。

例えば、国家間の(軍事)同盟で言えば、我が国に悪意、敵意を持ち、捏造した話で誹謗中傷する相手とチームを組むのは不可能に近い。地政学的に仕方がないこともあり得るし、駆け引きの1つの場合もあるが、そのような相手を決して信頼してはならない。

この点においては、日本人は明らかに「お人好し」すぎる。もちろん、日本人の誠実な行動を見ている、世界の大多数の国々からの評価は高まるが、日本(人)の「思いやり」につけ入ろうとする国々(人々)には毅然とした態度をとるべきである。

もちろん、日本という全体としては素晴らしい国の中にも、許しがたい輩はたくさんいる。だから、誰をチームメイトとして選ぶのか=「付き合う人を選ぶ」のはとても大事である。

前述の「客家大富豪の教え」でも、客家という集団の中では「思いやり」を安心して発揮することにより繁栄するが、客家というチームの外の人間には警戒をなかなか解かない。

筆者の経験でも、良く言われる「人間は10年付き合ってみないと分からない」というのはまったく持って真実だ。安易に他人を信じて痛い目に合った経験から自信を持って言える。

もちろん、冒頭から述べてきたように「思いやり」こそが、人類とサルとを区別し、なおかつ人類を繁栄してきたのだから、どんどん実行すべきだ。ただし、相手を選べということである。

もちろん「思いやり」を与えた相手から、何かを返してもらおうなどと思わずに、社会からかえってくるのを辛抱強く待つべきだが、「思いやり」に付け入ろうなどという輩には決して近づくべきではない。

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