沢尻エリカMDMA逮捕の衝撃〜女優生命が終わるのか、それとも…

薬物問題を報じるメディアの問題点
原田 隆之 プロフィール

これまでも薬物事件が起きるたびに、「現代ビジネス」で紹介してきたが、国連総会はその決議において、薬物使用者の人権を守ることの必要性を強調している(すべての人に絶対知ってほしい「依存症治療」で重要なこれだけのこと)。

わが国のメディアは、繰り返し国連決議違反をし続けている。まるで「赤信号みんなで渡ればこわくない」とばかりに、視聴率優先で人権侵害を続けている。

このような報道姿勢こそが、薬物使用者を社会から排斥し、孤立を深めさせ、その結果、薬物を断ち切ることを難しくしてしまうのだということを自覚していただきたい。メディアはいつまで薬物問題の「共犯者」でい続けるのだろうか。

 

社会への包摂

ネット上では「女優生命が終わった」という書き込みが目立っている。冒頭で述べたように、番組がお蔵入りになり、CMからも姿を消し、新たな出演のオファーもなくなれば、当然そのような事態も危惧される。これもまた、薬物問題で芸能人が逮捕されるたびに繰り返されるルーティーンのようになっている。

一方で、「作品に罪はない」として、このような動きを批判する声も少なくない。テレビ局やCMのスポンサーは、受け手の反応を必要以上に警戒し、過剰反応しているようにしか見えない。確かに、苦情を寄せる人もいるかもしれないが、それはヘイトスピーチやクレーマーのようなものでしかない。

国連決議はまた、薬物使用者への治療、福祉、教育などのヒューマン・サービスを刑罰に替わる措置として推進している。その先にあるものは、社会への包摂である。一度は過ちを犯してしまった者が、それを反省し再出発をしたいと思っても、居場所がないような社会をわれわれは目指しているのだろうか。

わが国で薬物乱用が少ないのは、国民の遵法意識の高さが一因であると述べた。それは同時に、法を犯した者への大きな反感や排斥という「副作用」を生み出している。

「公正社会信念」という心理学の用語があるが、これは「この世は公正であり、真面目に生きていると報われる」という信念のことである。逆に、「真面目に生きていない者は、罰を受けて当然」「法を犯したのに、罰を受けないのはずるい」などという考えに行きついてしまう危険性をはらんでいる。

「水清ければ魚棲まず」という言葉があるが、日本はこのような社会に向かってはいないだろうか。

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