©️五十嵐晃/田中康弘/リイド社

山岳市場に異界ブーム!?『山怪』現象、ついに漫画まで

『山怪 壱 阿仁マタギの山』の世界
山岳関連書としては異例のベストセラーを記録した、『山怪 山人が語る不思議な話』(田中康弘著・山と溪谷社刊)という本がある。マタギ発祥の地とされる秋田県阿仁を中心に、各地の山間部に伝わる奇妙な話を集めたこの本は「現代の遠野物語」との呼び声も高く、すでに出版部数もシリーズ累計で20万部を越えているという。本書のヒットに呼応して各社から類似本も刊行、さらに『山怪』のコミック版も発表され、一時、書店の山岳書の棚には関連本がずらりと並ぶという壮観な光景を見せていた。
 

真っ暗な山道を歩いていたら突然・・・

『山怪』の原作が持つ魅力のひとつに、ノンフィクションとしての強みがある。時間をかけて現地で直接話を聞き取り、語ってくれた人物は実名で紹介。それが話の信憑性や奥深さを高めている。さらに、内容に脚色やアレンジを加えることなく、語られたまま淡々と表現している点。

書き手としては、作品性を高めるためについ物語の原因や背景をつけ加えたくなりがちだが、本書に収められた話はいずれも謎の解明や教訓じみた結論はなく、謎は謎のまま、はっきりしないものははっきりしないもののまま語られていく。

たとえば「楽しい夜店」という話。

主人公の中学生は、日が暮れて真っ暗になったいつもの夜道で突然、何軒もの夜店が並んでいるのに遭遇する。

 

祭りの日だったかと訝しんだその直後、すべての光が一瞬で消え、そこにはいつもの雪道があるだけだったという。

この少年はその後、再び夜店を目撃する。このときは祖母が一緒だったのだが、彼女には見えないようだった。以降、彼の前に夜店が突然現れることはなくなり、その謎は解けないままだ。

©️五十嵐晃/田中康弘/リイド社

実際、山を歩いていてちょっと不思議なことに遭遇するのは、それほど珍しいことではない。聞こえないはずの音が聞こえたり、見えないはずのものが見えたり。おそらくは極度の疲労や非日常環境によるものなのだろうが、さすがに夜店が現れるなどいう話は聞いたことがない。まさに『山怪』である。