芸能界を去って20年、上岡龍太郎の「見事な生き方」に学ぶ

「ボクの芸が通用するのは20世紀まで」
週刊現代 プロフィール

ただ、怖さや厳しさはあっても、決してイヤなものではなかったと梶原氏は続ける。

「なぜなら、上岡さんの言葉にはウソ偽りがなかったからです。本気で怒ってくれる一方で、いい番組ができると、共演者にもスタッフにも『面白かった。よくやったね』と優しい言葉をかけてくれる。

上岡さんに喜んでもらえる番組を作ろうと、みんな家に帰るのも忘れて、毎晩遅くまで会議と打ち合わせを繰り返していました。いまでも上岡さんに教えてもらった『真摯に仕事に向き合う姿勢』は忘れていません」

 

視聴者はもちろん、業界内にも上岡ファンは着実に増えていった。ところが―。

「以前から上岡さんは『芸能生活40年を迎える2000年には引退する』と公言していたんですが、それは上岡さん特有のジョークだろうと思ってたんです。そうしたら、本当にきっぱり辞められた。

芸能界というのは定年もない世界ですし、人気がある間は長く続けるのが当たり前だった。それだけに、業界には衝撃が走りました」(前出・影山氏)

潔さの美学

58歳での早すぎる引退の理由について、本人は「ボクの芸が通用するのは20世紀まで」「落語や講談と違って、テレビの場合は年を取ったら老醜をさらすだけ」などと明かしていた。

真相は本人のみぞ知るところだろうが『ナイトスクープ』の放送作家を務めた小説家の増山実氏は「上岡さん流の謙遜で、本心は別のところにもあったのではないか」とこう振り返る。

「上岡さんの話芸と圧倒的なセンスなら、その後10年、20年と芸能界のトップに居続けることができたはずです。それでも引退を選んだのは、おそらく自分の限界ではなく、テレビの世界に限界を感じられたからではないでしょうか。

上岡さんの魅力のひとつが、視聴者や番組スタッフに媚びないストレートな物言いでしたが、いまのテレビは、局が視聴者の抗議やスポンサーのクレームを過剰に恐れて、問題を起こさないよう慎重になりました。

'90年代の終わりはそんな傾向が強まり出した頃。骨のあるテレビマンも減っていくなか、『芸能界では自分のやりたいこと、言いたいことを表現できなくなる』と敏感に感じ取ったのではないか。

窮屈さに合わせて仕事をするよりは、自分自身で引き際を選んだ。それが上岡さんの美学だったのかなと、こんな時代だからこそ思うことがあります」