ウィークポイントを突かない

玄関に選手のスパイクが綺麗に揃えて並べられている星稜高校野球部の部室。なにやら笑い声が聞こえてくる。10畳ぐらいの広さのある部室ではかなりリラックスした雰囲気である。笑いのもとは、東スポ(東京スポーツ)である。電車通学の選手が必ず毎日、買ってくる。

そして部室で広げては、監督を中心にエッチなページも含めて見るのがなんとなく日課になっていた。山下にとって洒落のひとつだが思春期の生徒達とオープンに接するために一役買ってくれた。オンとオフははっきりしていた。

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練習はきつい。3時に授業が終わって、3時半から練習開始。ランニング、ストレッチ、ダッシュ、キャッチボール、トス、ノック、バッティング、そして最後に試合形式の1本バッティングとびっしり7時過ぎまで行われた。

秋になって3年生がやめて、新チームが編成されたと同時に秀喜は1塁手から3塁手に替わった。仕上げは好きな練習をして良かったので、秀喜はサイドノックを追加していた。高校生になって内野手になったということもあるし、軟式から硬式の球に替わったということもあって、怖がらない自分を作るためだったが、実はノックの練習が好きだったのである。

このサイドノックは約45分の間に300、多いときで500ぐらいのノックを受ける。1塁側のダッグアウトの横で、山下と秀喜の間は約7、8メートルという近さで行われた。初めは逃げていたのに強い球が平気でパシッと捕れるようになった時は、上達したことを実感できる喜びがあった。

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そんな頃、星稜の野球部の父兄が父・昌雄に、
「3塁は自信なさそうだからもうちょっと何とかするように、家でお父さんから言ったほうがいいのやないか」と言ってきた。

しかし昌雄は秀喜に一切言わなかった。

――子供のプライドを傷つけることは絶対に言ってはいけない。ウィークポイントは突かない。本人もそのことはよくわかっているだろうから。言葉にするとそれは顕在化する。相手の弱点を感情に任せてやりとりするとせっかくの関係が崩れてしまう。潜在的に認める。すると、あうんの呼吸でわかりあえるのだ。素敵な関係になれる。親子以外でも。

このような考えに基づいていたのだ。 
愛する人に対して、理解したいという気持ちが先走ると、つい近づきすぎて結局はわかりえないことが多い。言葉にしない勇気をもつと、見えないものが見えてくる。