監督が秀喜に伝えたかったこと

甲子園で打てなかった秀喜に対して、監督の山下は無視を決め込んでいた。打てなかった現実を真正面から受け止め、自分なりにどう昇華させるか見極めたかった。そして、打てなかったとはいえ、1年生で、4番を任されているということに、世間の注目は集まり、普通の16歳であれば、天狗になりかねないという懸念があった。慢心してはいけない。それを戒める必要がある。そのために山下は厳しく接することにした。

「『オイアクマ』! へたくそ」

星稜のグラウンドに、山下の声が響きわたる。鋭くバットを振りぬく。山下のわずか10メートル離れたその視線の先には、秀喜がいた。

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「僕、悪魔じゃありませーん」
秀喜は山下が打ったボールを懸命に受けながら、叫んだ。しかし山下は繰り返す。

「『オイアクマ』! だったらうまくなれ」
「僕、悪魔じゃありません」

「『オイアクマ』! だったら素直になれ」
「僕、悪魔じゃありません」 


1時間近く行われただろうか。秀喜のユニフォームは既に真っ黒になっていた。秀喜は息をきらせながら山下に駆け寄り聞いた。

「僕は悪魔じゃありません。なぜ悪魔というのですか?」

山下は腹に力を込めて、自分より20センチ以上も身長の高い秀喜を見上げ、そして目をじっと見つめて端的に答えた。

「『オ』は驕るな。『イ』は威張るな。『ア』は焦るな。『ク』は腐るな。『マ』は迷うな。驕るな、威張るな、焦るな、腐るな、迷うな」


『アクマ』という言葉は『悪魔』ではなかった。山下ならではの表現とわかり、山下から発せられる言葉に、秀喜は興味を持つようになっていった。