2019.11.29

リストラされた細胞たちによって、今のあなたがあることをご存知か?

成長という叙事詩に織り込まれた哀話
山科 正平 プロフィール

皆のために犠牲的自死を選ぶ細胞もいる

こうした偶発的な死に方とは違って、細胞がウイルスに感染したとか、がん化した場合には、そのまま生き続けていては細胞社会にとって迷惑になると判断して、自ら命を絶つ道を選ぶことがある。いわば細胞社会でリストラの宣告を受けた細胞というわけだ。

このときリストラ細胞は、その中に隠し持っていたDNA分解酵素を活性化させて遺伝子のDNAをぶつ切りにして、それによって自殺の道をたどることになる。自らを不都合な分子と認識して、死をもって社会全体の安穏に貢献するというわけだ。

他からの攻撃などによる偶発的な死に方をネクローシスというのに対して、自殺による死に方はアポトーシスとよんで、両者のあいだにはまったく異なるメカニズムが作動していることが明らかにされている。

【図】ネクローシスとアポトーシスのメカニズム
  ネクローシのメカニズム(左、拡大画像はこちら)とアポトーシスのメカニズム(拡大画像はこちら) 『新しい人体の教科書 上』を参考に再構成した図

元来、アポトーシスとは大きな樹木の枝に付いていた葉が、秋の深まりとともに枯れて枝を離れ、静かに大地に帰っていく姿を表象した用語である。その中には、決して偶発的ではない自然の輪廻のもとで、枯れ葉の死と樹木の成長とを絡み合わせた自然観が含まれている。

【写真】アポトーシスは死と成長とを絡み合わせた言葉である
  「アポトーシス」という言葉には死と成長とを絡み合わせた自然観が含まれている photo by gettyimages

先に紹介したミットからグローブになる過程で、指間の細胞が死んでいくのはまさにはアポトーシスであって、5本の指を発達させるために局所の細胞が犠牲になっている。からだ造りのある段階にまでさしかかると自死機構が作動し、それによって死んでいく現象であるから、細胞の中にはあらかじめ死が「プログラム」されていると考えることができるだろう。

【図】アポトーシスによる指の分離
  指間の細胞が死んでいくことで、指が分離する

このようなプログラムされた細胞死は脳をはじめとする中枢神経系を作る過程や、免疫細胞を発達させる経過でも大がかりに展開されており、今、私たちが安らかに生活することができるのも、リストラされた細胞たちのたまものだったというわけだ。

生き延びて発達した指も酷使に酷使を強いられ、最後はうめき声とともに「ぢっと」見つめられる。そんなケースの反面、少ししわくちゃになってはいても、永い人生を享受させてくれた輝かしい指もあるはずだ。

からだ造りのプログラムには何をどう造るかは記録されているとしても、できあがったからだをどのように活用するかまでは書かれてはいない。だから我々は生まれ落ちたその瞬間から、あてどころのない旅路を歩み続けていくことになる。

  酷使されて時を経てきた指には、プログラムには書き込まれていない、その人の生き方が刻まれる photo by gettyimages

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