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リストラされた細胞たちによって、今のあなたがあることをご存知か?

成長という叙事詩に織り込まれた哀話

組織が消え去ってできる"指"

はたらけど
はたらけど猶わが生活楽にならざり
ぢっと手を見る

石川啄木『一握の砂』

石川啄木は生活苦のあまり「ぢっと手を見る」と短歌に残している。

「ぢっと」見るまでもなく、手には親指から小指に至る5本の指が並んでいる。個々の形状に多少の違いはあっても、手と足に5本ずつの指があることは脊椎動物に共通する原則的な現象である。それでは、5本の指はどのようにして生まれてきたのだろうか?

【写真】赤ちゃんの手
  赤ちゃんの手指。この世に生まれおちるまでのあいだに、どのような経過を辿って指となったのか photo by gettyimages

からだ造りは、受精卵というたった1個の細胞がその発端になる。受精卵が分裂・増殖をはじめてわずか4週ほど経った頃、ヒトのからだは頭部の一番高いところからお尻の一番低いところまでの長さがわずか4mmほどにすぎないものの、立派な胚子にまで成長してきている。

その心臓の高さに相当する胸壁の両側に、緩い高まりが左右1個ずつ生まれてくる。それより2日ほど遅れて同様な高まりが将来の骨盤部にも生まれてくる。それぞれ、上肢芽、下肢芽とよばれるが、これが5週から6週にかけてどんどん長く伸びだして、上肢と下肢に向けて発達していく。

肢芽の先端、つまり手あるいは足先は平たくなっていて、ちょうど野球のキャッチャーミットのようになっているが、まだ指の姿はないので、手板、足板とよんでいる。

ところが7週目になるとからだ中の細胞がどんどん分裂・増殖を続けているにもかかわらず、ミットの4箇所の部分だけでは細胞が突然死んでいく、という奇妙なしくみが作動する。

【図】手足のでき方
  手足のでき方(ブルーバックス『人体誕生』より再構成)

その一方で、死なずに残った部分は中に骨やら筋肉などの予備軍を発達させてくるので、手板は5本の指が明瞭なグローブへと形が変わってくる。同じ経過は足でも作動していて、そのお陰で、私たちは手や足の合計20本の指を活用できるというわけだ。

細胞社会における死亡原因

からだの中には37兆個にも及ぶ膨大な数の細胞があるといわれるが、それは受精卵というたった1個の細胞が分裂に分裂を重ねて増殖した結果、からだという巨大な細胞社会を作り上げたものである。

ところがからだの中では細胞が分裂して増殖するという局面だけではなく、どんどん死んでいくという事例も随所に見ることができる。細胞を増やすベクトルと減らすベクトルがうまく協調することによって、整合性のとれたからだ造りが進行しているところがなんとも素晴らしいことだといわねばならない。

もし、何らかの原因でからだの一部が高熱にさらされたとする。するとその局所の細胞は死滅するはずだ。事故死にたとえることができるだろう。

また細菌の感染を受けても感染源がだす毒素の作用によって、細胞はあえなく死んでいく。これは外敵の攻撃を受けて、細胞膜の透過性に異常がおきて細胞内に大量の水が入り、その結果、破裂してしまうという状況である。