2019.11.23
# 週刊現代

10年で3000冊を読破した新聞記者、厳選の「ヤバいの本」

記者としての人生を決めた3人の作家
三浦 英之 プロフィール

柔らかい言葉で心を動かす

一方で向田邦子は、どうしてこんなにも平易な言葉で、人の優しさ、悲しさ、儚さなどを描けるのだろうと感じ入ります。僕の文体に最も影響を与えている作家です。

彼女の作品は構成の重心がかなり後ろにあるのが特徴です。最初はどれも柔らかく、軽いエッセイ感覚で読めますが、だんだん止まらなくなり、最後には涙ぐんでしまう。まるで魔法です。

 

飛行機事故で亡くなるまで、作家として活動した期間は短いですが、残した作品は素晴らしいものばかり。『眠る盃』は50回は読んでいるでしょうね。収録された「潰れた鶴」「字のない葉書」「味醂干し」「水羊羹」などどれも味わい深い。そして「『あ』」。途中までは何気ない話で、最後の一文ですべてが引っくり返り、物語を決定します。向田邦子の真骨頂といえる短編です。

近藤紘一は僕を新聞記者の道に進ませた、憧れの人です。同じ仕事をしている今だからわかるのですが、彼のような記者はまずいません。ニュースの対象そのものではなく、自分の周囲の生活から物事の本質に迫る手法が持ち味です。

サイゴンから来た妻と娘』で顕著ですが、たとえばベトナム戦争について、ある部隊がある地域に攻め入り、どれだけの戦死者が出たかを書けば、確かに戦争の一面は伝えられる。でも、悲惨さまでは表現しきれない。

近藤は妻や娘、親類など身近な人にフォーカスを当て続け、戦争の最中で必死に生き抜く人々のしなやかさを書く。それによって、戦争が持つ非情な一面を見事に描き出しています。

一銭五厘たちの横丁』にも通じますが、市井の人々の生き様を描くことで、時代の大きなうねりを映し出すルポルタージュを書いてみたいという僕のスタイルは、近藤紘一によるところが大きいです。僕が東日本大震災の避難所での生活を書いた『南三陸日記』は、近藤ならどう書くか、ということを常に意識していました。

書くことと読むことは似ています。どちらも自分が何を考え、どう行動し、これからどう生きるか、自分の中で掘り下げ、定着させる作業です。そうしないと、すべてが流れ、忘れ去られて、最後には霧散してしまう。そうならないためにも、僕は書き続けていきたいと思っています。(取材・文/佐藤太志)

▼最近読んだ一冊

「何度も読み返しています。読む度に『こんなに背中が遠いのか』と力量の差を感じます。カシアス内藤というボクサーのカムバック物語を『私』である著者から見た世界。日本のノンフィクションの金字塔です」

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