大嘗祭「天皇の資格」をもたらす「謎の秘儀」で何が行われるのか

皇室最大の儀式の内幕
稲田 智宏 プロフィール

天皇が正殿内で行う「秘儀」

そしてまた不思議なのは、正殿の内陣中央に設えられた寝具の存在だろう。

この神座は文献によっては寝座(しんざ)とも表記されているのだが、儀式の中心となる神饌供進のための神座は内陣の脇で、寝具が中央に置かれているのはなぜだろうか。この寝具の解釈については今から約30年前、平成の大嘗祭のときに大きく話題となっている。

 

新嘗祭にしても、そして大嘗祭にしても、正殿内における祭儀の詳細はすべてが明らかにされているわけではない。

そこで民俗学者にして古代学研究の折口信夫(おりくち・しのぶ)は、昭和の大嘗祭の直後、大嘗宮正殿内の寝具は『日本書紀』で高天原から降臨する瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)がくるまれた真床覆衾(まとこおふすま)に比せられるものであり、これに籠もることによって天皇霊もしくは稲魂が天皇に憑いたのではないかとする仮説を発表した。

天皇霊とは折口によれば、天皇としての威力の元となる霊魂であり、稲魂は新しい歳を支配する威霊である。やがて、大嘗祭において天皇は寝具に籠もる秘儀を行うという理解が、定説のように拡がった。

このような状況に対して、平安期以降の文献からは天皇が寝具に関わるとの理解は得られないことを検証し、折口説否定を強く打ち出した反論が注目を集めた(岡田莊司『大嘗の祭り』平成2年)。しかし文献のみに依拠した否定は、失われている古代の意義を様々な事例から探ろうとする民俗学への無理解だといった批判(松前健など)もなされている。

折口の説は、折口自身が「今はどうなさって居られるか、我々には訣(わか)らない」「容易に一面からのみは説明することが出来ない」という仮説でありながら過剰に評価されたため、反動による拒否感も強まったが、ひとつの学説としての価値は失われていないと個人的には考えている。

だが少なくとも現状では、確実な史料に拠らない推論を補強する学問的な進展はないようで、残されている史料に拠る限りは、あくまでも神饌供進が祭儀の中心であって、寝具は祭神の天照大神がお休みになる場で天皇は触れることもない、と実証主義の学問的成果としては考えざるをえないようである。

中世の文献には神饌供進が「大事」で「秘事」と記されており、大嘗祭に秘儀があるとすれば、このことになるのかもしれない。ただ、現在の大嘗宮での実際が部外者には知るよしもないという意味で、謎は依然として謎のままといえよう。