論争は終わらない…「揺さぶられっ子症候群」と虐待のあいまいな関係

想像を絶する家族の苦悩と子どもの無念
美馬 達哉 プロフィール

収まりそうにない論争

SBSをめぐる議論が簡単には決着が付きそうにない。

その理由は、論争(コンテステーション)研究の医療社会学から見ると3つある。

第一に、SBSはすべて児童虐待と考える医師とSBSには事故の場合もあると考える医師では、見ている対象が違っているからだ。

怪我・骨折や餓死寸前の被虐待児を診療するなかでSBSを見ている医師(主に小児科)と、交通事故や転倒事故の頭部外傷の人びとを診察するなかでSBSを診ている医師(主に脳神経外科)では、診療の文脈が違っていて話がかみ合いにくくなる。

 

第二に、同じ医師同士といっても専門分化が進んでいて、分野が違えば直接に医学的議論をすることはほぼ無いに等しいので、論争を調停する場がなかなかできない。

第三に、どちらの診断の考え方にも医学外のサポーターがいる点――児童虐待を発見することに軸足を置いている児童相談所や警察や検察と、児童虐待かどうか疑わしいときには被告人の利益を守る立場の弁護士――も論争を調停困難にしている。

子どもを失った上に殺人者と疑われるご家族の苦悩や虐待を気づかれないまま苦しみ死に至った子どもの無念は想像するに余りあるし、どちらも無くなってほしい。

だが、論争が決着しないこと自体はダイバーシティとしての「社会」の健全さの印であって、ただ一つの考え方が「真理」を独占するよりもはるかに良いのではないか。

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